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第10話

 屋上。

 香月と春歌が昼食を取っていた。

 春歌は自分で作っただろう小さな俵型の弁当。

 香月はコンビニで購入したサンドイッチ二つだ。


「……別に人の食生活にツッコミを入れるつもりは無いけれど……、それってどうなの?」

「その時点でツッコミを入れているからね? いいんだよ、これで。一番コストパフォーマンスがいいだろう?」

「洗い物が少なくて済む、ってこと?」

「それもあるね」


 香月はサンドイッチを頬張った。


「というか本当に学生とは思わなかったですよ」

「そうか? 別にいいだろ。そもそも僕にとって魔術師は裏の顔だ。差し詰め、この顔が表の顔だと言えるだろう。学生の顔がね」


 そう言って残りのサンドイッチを口に放り込む香月。


「ふうん……。それじゃ、保護者とかどうなっているの?」


 それを言って、まずいと思った春歌は口をふさぐ。

 溜息を吐いて、香月は話す。


「その様子だと果さんに何か言われたのだろうけれど……、果さんが保護者代わりになってくれているよ。実際、果さんは僕の遠縁だからね。叔母、と伝えてある。遠縁だから、遠からず近からずということで組織も納得してもらっているけれどね……?」


 そこで香月は何かの気配を感じた。

 ――が、すぐにそれも消えた。


「どうしました……?」

「いや、何でもない。どうやら、気のせいのようだ」


 そして昼食を再開する二人――。



 ◇◇◇



「まさか……な」


 井坂は屋上のタンクの上から、二人を監視していた。

 そんな見晴らしのいいところで監視をしていて、実際、ターゲットに発見されることは無いのだろうか?

 そんなことは対策済みである。透過魔術を、すでに井坂の身体にかけていた。

 だから見つかるはず等――無かった。

 だが、気配を察知された。

 これを偶然と取るべきだろうか?

 それとも――。


「いや、今は考える必要も無い。それにしても、有意義な情報を手に入れることが出来た」


 そして、井坂の姿は今度こそ綺麗に消えた。



 ◇◇◇



 放課後。

 その帰り道。

 香月は一人で歩いていた。

 目的地はヘテロダインのアジト。理由は単純明快――昨日、彼の家が爆発したからである。一応組織は『原因不明の爆発』として情報操作を進めると言っているが、そうだとしても敵組織が襲い掛かってくるのは確かである。ならば、アジトに身を潜めておいたほうがいいだろう。香月はそう結論付けていた。


「あ、あの」


 そこで、聞き覚えのある声が聞こえた。

 振り返ると、そこに立っていたのは――城山春歌だった。


「どうした? 確か帰り道はこちらでは無かったはずだが」

「私が連れてきたのよ」


 隣にはなぜか風花がバイクに乗って待機していた。


「風花さん、が?」

「そ。まあ、私としてもここに居る理由は一つしかない。ここまでくれば、あんただって解るでしょう?」

「まさか、依頼とでも?」

「その通り。依頼だよ、柊木香月。彼女を見守ること。もっと強めに言えば……『監視』すること、だね」



 ――はあ、と溜息を吐く香月。



 それはさすがに予想しなかったことだろう。

 風花の話は続く。


「私も予想外だったけれどね。助けた少女をそのままにしていない香月を処罰しない組織も組織だったし。だが、これを聞いてはっきりしたよ。これは組織の命令だよ。彼女を失ってはならない――組織はそう考えているらしい。そのためには魔術師にしても構わない。そう告げている」

「ということは……彼女の持つ『目』についても知っている、ということですか」

「……目、だと?」

「彼女は凡ての流れを見ることが出来る。それがたとえ魔力の流れであっても」


 風花は頷く。凡てのピースがうまくはまったようだ。


「成る程ね。組織がこの子を欲しがっている理由も、あちらさんが彼女をつけ狙う理由も解ってきたよ。それならば、喉から手が出る程欲しいだろうからね。鍛え方によっては最強の魔術師になるだろうし」


 それは香月も考えていた。そして、香月が考えているプランの一つだった。


「だとしても、それは難しいことだと私は思うよ」


 しかし、風花はそれを否定した。

 それは彼にとって、若干イレギュラーなことだった。


「……理由を聞かせてもらっても?」

「第一に、彼女は一般人よ。たとえ『流れ』を見ることが出来たとしても、魔術の才能があるかどうかは解らない。魔力が無い可能性だって考えられる」

「それについては実際に魔術を行使させてから、考えればいいでしょう。もし魔力が無いと判断すればこちらで守らなくてはならない」


 風花は溜息を吐く。

 引き下がらない香月の特徴として、一つ挙げるべき点があるからだ。


「あなた……『涙』を見たね?」

「……っ」


 香月は顔を引き攣らせる。


「やっぱりそうだと思った。だとするならなおさらやめるべきだよ。ただ彼女を監視するだけでいい。戦いは魔術師だけでいい。無碍に彼女を魔術師とする必要はない」

「何故ですか」

「敵が『ホワイトエビル』だと知っても、あんたはこの子を魔術師とするのかい」


 ホワイトエビル。

 魔術師最大勢力として魔術師の中で実しやかに語られる。

 その勢力は計り知れない。そしてそのホワイトエビルが『実しやかに』語られる理由の一つとして、拠点とする都市がいまだに判明していない点が挙げられる。どこに暮しているのかも解らないのである。


「まさか……」

「そのまさかよ。ホワイトエビルの拠点はこの辺りだろうという組織の推測も立っている。そうだとしたら最悪よ。この街には二つの魔術組織が混在しているのだから」

「ヘテロダインと、ホワイトエビル……ですか」

「ええ。別にあなたの戦いに茶々を入れるつもりは無い。私だってそんな余裕無いからね。だからこれは、忠告。ホワイトエビルを敵に回してでも、香月くん、君は彼女を魔術師にするのかい? この状況を知っていてなお、戦いに投じさせるのかい?」


 香月は何も答えられなかった。

 春歌の真っ直ぐな目を、見てしまったからだ。

 その目線は真っ直ぐ、こちらを捉えていた。

 彼女は香月を信頼しているのだ。信頼しているからこそ、魔術の講義を受けた。信頼しているからこそ、風花とともにここまでやってきた。

 だから、すぐに答えを返すことが出来なかった。


「……別に今答える必要はない。だが、考えておくのね。彼女を魔術師とさせる、その意味を」


 風花はそれを捨て台詞として、バイクを走らせてどこかへと消えていった。

 春歌と香月は会話を交わすことなく、歩き始めた。


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