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第8話

「先ず、魔術とは何か……ということについて説明しよう」


 病院の一室、深夜の授業が始められていた。

 講師は香月、そして生徒は春歌と果だ。彼の狙いからして果がこの授業に参加する必要は無い。だが、彼女曰く暇だから、ということで彼女も受講しているのだった。

 今彼が使っているのは何処からか持ってきたホワイトボードだった。まぁ、正確に言えば彼ではなく果が持ってきたのだが。


「魔術は基礎コードで構成されている。そして基礎コードを魔術の形式に変換するのが……コンパイルキューブというわけだ。コンパイルキューブには謎が多いところもあって未だ解明されていない機能もあったりするだろうが……まぁ、概ねこれくらいを覚えておけば問題も無いだろう」

「はい、質問です」


 春歌がちょうどの区切りで香月に訊ねるべく手を挙げた。

 香月はそれを見て無言で頷く。


「……そもそもの話をしたいんですが、どうして私が魔術について学ぶことと敵が苦しむことが合致しているんですか?」

「いい質問だな。確かに実感が湧かないかもしれないが、君のその『目』とも関係がある」


 春歌の目はどんなものの流れでも見ることが出来る、特殊な目である。


「君の目は随分と特殊な目だ。その目さえ使いこなせられれば文字通り魔術師のパワーバランスが逆転するだろうね。血筋としてはエリートだが、まだ『無名』の魔術師が一極に力を得る」

「それが……駄目なことなのですか?」

「うん。だって魔術師はあくまでも裏の世界に栖を持つ存在だ。そんな魔術師が、そんな一人の魔術師が、もともとあったパワーバランスを逆転させる程の力を所持した……としたら? きっと裏と繋がりのある『あちら側』の人間はこちら側を潰しにかかるだろうね。……魔術を知らない人間が魔術を潰そうなんて、非現実的な話ではあるけれど」


 あっけらかんと語っているが、その言葉に嘘は含まれていない――どことなく春歌はそんなことを思った。

 香月の説明は続く。


「そもそも魔術師は幾つかの勢力に分かれている。僕が所属しているのは『ヘテロダイン』、ここは比較的穏健派だ。機会があれば紹介することとしよう。……まぁ、案外その機会というのは早くやってきそうではあるのだがね」


 そう言いながら、ホワイトボードの中央にお世辞にも綺麗とは言えない字体でヘテロダインと書く香月。

 それを見つめる春歌と果。その表情はどこか上の空だ。


「……まぁ、確かに解らないのは致し方ない。だが、理解しようとは思ってくれ。せめて、それはあなたたちの身を守るものだということを理解してくれれば、未だ話は違っているのだろうけれど」


 そう言って香月は小さく溜息を吐く。魔術師のパワーバランスというものは同じ魔術師である彼にも理解出来ている話ではない。そんな簡単な構造で構成されているならば、誰一人として苦労はしないだろう。


「……魔術師のパワーバランスは非常に面倒となっている。ランキング、などと誰かは言っていたかもしれないが、それだけで凡てが決まるのならばはっきり言って苦労しない」

「ランキング……。強さを指標化しているのですか?」


 春歌の言葉に香月は頷く。

 しかしながら、彼女の理解には、少々の誤解を孕んでいた。


「正確に言えば強さだけではない。魔術師のレベルというのも関係している。例えば、魔術の使える量。魔術をどれだけ『編み出している』かどうか、それも含まれている。もっとも、魔術は魔術師が作り上げるものだから、そのテンプレートに沿っていくのみ。テンプレートさえ解ってしまえば、案外魔術の解析も楽に進む」

「魔術の……テンプレート?」


 頷く香月。


「魔術のテンプレートは簡単なことだよ。主語・述語・述語修飾・対象、そしてオプションからなる。例えば、『僕は空を飛ぶ』という魔術を使う場合、主語は『僕』、述語は『飛ぶ』、述語修飾は『空』、対象は……たぶん『自分自身』、と言った感じかな?」


 香月はそう言って笑みを浮かべる。

 春歌は理解できなかった。手を挙げ、質問をする。


「それじゃ、英語に少し似ている……ってこと?」

「そうとも言える。そうではないかもしれないがね。魔術師が魔術を作り出すが、その基準は予め決定されている。そうしなくては意味がないからだ」

「それじゃ、それさえ理解していれば……」


 漸く意味を理解したらしい。そう思った香月は――薄らと笑みを浮かべる。


「そうだ。それさえ理解することが出来れば、容易に魔術を生み出すことが出来る。魔術を生むことが出来るということは……コンパイルキューブさえあれば、魔術を行使することが出来る。魔術師の完成、というわけだ」



 ◇◇◇



「どうだね、井坂。何か様子は?」


 再び飛空艇。

 男は井坂に任務を与えていた。それは非常に単純な任務であり、彼もどうしてこのような任務を与えるのか解らない程だった。

 しかし今は、そのようなことを言って居られる立場ではない。

 彼は任務に失敗し、本当ならば切り捨てられてもおかしくない立場にあった。

 にもかかわらず目の前に居る男は、井坂を捨てることなく、新しい任務――柊木香月の監視という任務を行わせた。

 ここで挽回せねばならない。彼はそう思っていた。


「はい。現在、ターゲットに魔術を教えているように思えます」

「成る程。根拠は?」

「コンパイルキューブを見せていたことと、ホワイトボードに魔術の基礎構文が書かれていたためです」


 それを聞いて男は微笑む。彼の予想通りだったためである。


「成る程……。柊木香月は、彼女を魔術師として育て上げるつもりだね?」


 頷く井坂。

 男はそれを見て舌なめずり一つ。


「ならば、構わない。……こちらもそれなりの準備をしてきた。今更ターゲット変更などあり得ない。彼女を魔術師にするのならば、彼女をそう仕立てあげるならば構わない。少し放置しよう」

「……よろしいのですか?」

「私がいいと言ったのだ。いいのだよ。それでも君自身が独自にダメだと言える証拠でも存在するのかね? それをもとに証言して、私が納得するようであれば君の話すように動くが」

「い、いえ。何でもございません」


 井坂は委縮して、何も言えなかった。

 男は溜息を吐いて、井坂を部屋から下がらせた。

 監視を今まで通り続けるよう、命令をして。


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