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第7話

 やはりそうだったか――香月は春歌の言葉を聞いて小さく舌打ちした。

 それは、出来ることならばあたってほしくなかった。間違っていてほしかった。


「お、おい……フロウ、ってどういうことだ?」


 唯一、状況を理解していない果は香月に訊ねる。

 香月は小さく溜息を吐いて、


「……『流れ』とは、大まかなものだ。物が動く線、とでも言えばいいか……。それが見えるということだ。それは何だっていい。水の流れ、空気の流れ、血の流れ……何でも見えるということだ」

「見えたら、何か問題なのか? むしろ便利にも思えるが」

「ああ、便利だよ。便利だからこそ、僕たちのような存在にとって脅威に思えるというわけだ」

「?」


 首を傾げる果に説明するため、香月はコンパイルキューブを取り出す。


「僕たち魔術師は、コードは違えどこのコンパイルキューブにコードを通す。それをコンパイルすることによって魔術が実行される。その時、コンパイルキューブと僕たち魔術師の肉体間では魔力の流れが発生しているということだ」


 魔力。

 魔術師が持っている力である。これが発生できないと、魔術を行使することが出来ない。……要するに魔術師失格ということだ。


「で、その魔力の流れがどうかしたの?」

「魔力の流れが解ると、魔術師はそれだけで魔術が何だか解ることがある。また、仮にコンパイルキューブを隠されて実行されたとしても魔力の流れさえ解っていればどこから魔術が使われるかも解るということだ。……これまで言っても、解らないか?」

「まさか……」


 いくら魔術師としての知識が疎いとしても、これくらいは解った。


「魔術の知識を得ることが出来れば、彼女は容易に最強の魔術師となるだろう。……魔術の知識に疎いのは、もしかしたら君を守るために両親がしてくれたことなのかもしれないが……。死人に口なし、とも言うからね。実際には解らない」


 その事実は、出来ることなら香月も信じたくなかった。

 でも、それ以外――納得のいく結論は見当たらなかった。


「話は分かった」


 果は思ったよりも早く理解したらしい。


「でも、問題はここからだ。……どうするつもりだ? まさか、彼女を追っている敵を全員潰すというわけにもいかないだろう?」


 それは当然ともいえるだろう。

 香月はそう考えていた。


「だろうな。僕が考えるに……おそらく殆どの魔術師が欲しがる代物だろうよ。それをどう使うかは魔術師の自由だが……、どちらにせよ、殺すなり活かすなりするには、先ずはその手に置いておきたいしね」

「……成る程。確かにそれは有り得るな。でも、そうだとしても、私の質問はまだ解決していないぞ、香月クン? 一体全体どうやってこの状況を打破するつもりだい?」

「敵は、魔術師は、彼女に魔術師の知識を与えないことを目的としているはずだ。即ち、魔術師との邂逅、そして魔術師と仲良くなることは最悪のケースだ。そこで魔術の知識を得てしまえば、彼女は魔術師となる。両親が魔術師として優秀だったのなら、その素質があってもおかしくはない」


 香月はそう言って、春歌のほうを見た。怯えている彼女だったが、香月の目線を感じて、そちらを向いた。

 香月は小さく笑みを浮かべる。


「――さあ、こちらも少し抗ってみることにするかね」


 空には飛行船が怪しげに飛んでいた。



 ◇◇◇



 そしてその飛行船。

 飛行船は幾つも常に空を飛んでおり、そのどれもが、富裕層のために使われている。

 そのうちの一つ――中でも一番大きい飛行船。その名前をグランドブルー号といい、それはとある人間の専用飛行船であった。

 ワイングラスを傾けながら、木崎市の夜景を見つめる男。


「……美しい」


 男はワイングラスと夜景を交互に見つめながら、小さく呟いた。

 男はこの街で一番の勢力、そのリーダーを務めていた。その勢力は厳しい規律の上に成り立っており、だからこそ、今まで固持してきた。

 彼が今、目標としているのは――ある少女だった。

 どんなものの流れでも見ることの出来る少女は、彼にとって、魔術師にとって、脅威だった。

 脅威だからといって、それを取り除こうとは思わなかった。

 脅威を脅威ではなく――いっそ利用してしまおう。

 彼はそう考えていたのだ。

 彼は気配に気づき、背後に目を向けた。


「どうした、何か進展はあったか?」


 そこに居たのは黒スーツの男だった。

 黒スーツの男は汗をだらだらかきながら、どうすればいいか考えていた。

 彼は目の前にしてその対象と一緒に居た魔術師を取り逃がしてしまった。それは彼の部下であるあの少女も同様である。

 だから、彼の処遇について――彼自身恐ろしかった。考えたくなかった。


「はい。申し訳ありませんが、現在において進展は……」


 だが、嘘を吐くわけにもいかない。彼は諦めて真実を告げることにした。だからといって、助かるわけでもないのだが。

 彼は目を瞑り、処遇を待った。何があるか解ったものではない。目を瞑っただけでそれに耐えられるというわけでもない。もしかしたら殺されてしまうかもしれない。


「目を開けろ、井坂。私がそう厳しい人間なわけがないだろう」

「……?」


 目を開けて、再び視界が開ける井坂。


「井坂、一度の失敗で人間は評価できるものではない。切り捨てていいかどうかを判断するかは、少なくとも私だけで出来ることだが……。君は部下からの信頼も厚い。そんな君を、たった一度の失敗で排除するのは心苦しい。だから一度だけ、たった一度のチャンスをやろう。それで成功すれば、今回の失敗は帳消しにしてやる」

「あ、ありがとうございます……ありがとうございます……!」


 井坂は何度も頭を下げて、そしてその部屋から立ち去っていく。

 井坂が出ていったのを見て、男は深い溜息を吐いた。

 もともと、彼にそれ程の期待を寄せていたわけでは無かった。それで成功すれば御の字だが、もともと成功するはずもないことだったから、それ程落胆することでも無かったのである。


「まあ、次で成功すればいい。そう焦ることは無い――」


 彼が見たその先には、小さな病院。


「――先ずは抗うといい、柊木香月。君と会い見える時を、楽しみにしているよ」


 飛行船は夜の木崎市をゆっくりと進んでいた。


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