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第6話

 夜の街を滑空する香月。そして彼にお姫様抱っこをされている形の春歌。

 春歌はその様子がとても恥ずかしかったが、しかし今自分が置かれている状況を無視して、この風景がとても綺麗だと感じていた。

 空から見上げた木崎市の夜景は、彼女が思っている以上に幻想的だ。

 それに対比して、先ほど彼らが居たマンションは煙を上げている。


「……まったく、失敗だ。残念だったよ。あそこにはあまりものを置いていなかったとはいえ、魔術師の潜入を許してしまうのだからな」

「あのマンションって……特別なマンションだったのですか?」

「いいや。そんなことは無い。強いて言うならば、僕の住んでいる五階だけは結界を貼っている。それは魔術師でなければ解らないように細工をしているがね。それくらい、安心して暮らしたいものだが……。どうも、ランキングホルダーを狙うのは予想以上に多いのだよ」

「マンションに結界を……」

「そうだ。最悪マンションが全壊するような魔術をかけられたとしても、五階だけは無事に浮遊している状態になる……。それくらい強力な結界だよ。しかも、僕が認めた魔術師以外は完全に排除する。多分入った瞬間にお陀仏だろうね」


 それを聞いて春歌はぞっとした。そのような場所に何の確認もせずに、自分は中に入ったのか――そう思うと自分の警戒心のなさが浮き彫りになる。

 春歌の不安そうな表情を見て、香月は微笑む。


「だからと言って人間に被害が生じるわけではない。寧ろ人間を救うための結界だよ。あそこは普通のマンションだ。満室とまでは言わないが、それなりに人が入っている。しかもその大半が魔術師ではない、ただの人間だ。そのような人間を無碍に巻き込んではいけない……僕はそう思っているわけだよ。だから、あのようなことをするというわけだ。まあ、このような人間は魔術師の中でも少ないほうだよ。今は魔術師の権利を主張して、現実世界に反旗を翻そうと思っている魔術勢力だって居るくらいだからね」

「そのようなことが……」


 そんなことを話していると、目の前にビルの屋上が見えてきた。彼女が気付かないうちに、香月は飛行高度を上げていたようだった。

 屋上に足を付け、ゆっくりと重力を実感する春歌。そして彼女は、地面に足を付けた。


「……あの、ここは?」

「待っていたよ、香月クン」


 聞き覚えのある声――振り返るとそこには果が立っていた。

 香月はそれを見て果の方へ大股で歩いていく。

 そして果と香月が向かい合った。


「どうして彼女に僕の住処を教えた。あれは僕が安心して教えることの出来る人間にしか伝えていないこと、そしてそれを教える人間は僕がそれを口外しないだろうと絶対的に信頼している人間にしか伝えていないということを」

「そうだったかな? まあ、いずれにせよ、彼女は困っているようだったからね。仕方ないよね。まあ、いいじゃないか。結果として、助かっているのだから」

「そういうことじゃない! ……まあ、確かに助かったのならばそれでいいかもしれない。今回は、ね。でも次はどうなるか解らないだろう。魔術師同士の戦いはそう簡単に解決するものではないんだよ」


 香月の発言に果は首を横に振る。


「いいじゃないか。今が良ければそれでいいだろ。……さ、とにかくここで話すのはちょっと難儀だ。寒いこともあるからね、ここは屋上ということもあるし。病室を一つ貸し切っている。そこを使って話をするといい」


 まるで自分がここのオーナーのようだ――春歌はそう思った。

 香月はそれに悪びれる様子もなく頷くと、立ち去っていく果の姿を追った。


 ◇◇◇


 果に案内されたのは七階にある特別病室Aと書かれた部屋だった。

 扉の施錠を確認した果は小さく溜息を吐いた。


「……さてと、いったいどういうことになってしまったというのかな? 少しご説明願おうか」

「それは僕も気になっていることでね。ぜひともここにいる城山春歌さんにお訊ねしたいのだが」


 二人に言い詰められて、思わず目を丸くする春歌。

 しかし春歌のそういう表情を見ても、彼は態度を変えない。


「君は何かを隠している。そしてそれをこちらに言おうとしているのだろう。どちらにせよ、それはとても大変なことなのだろう。僕が君を匿っていれば、僕も殺されてしまうほどの、ね。だからこそ、君が知っている凡てを教えてほしい。でないと、僕はとんでもないことになってしまう」

「彼女から依頼を受け入れる、ということ?」

「違う。これは正式な依頼のシステムではないからね。僕は組織に所属している身分だし、それくらいは選択の余地があってもいいだろう?」

「そういうものかねえ……」


 果はそう言って、パイプ椅子に腰掛ける。


「さて、それじゃ物語を戻そう。君は何を知っている? 魔術師ランキングホルダーだった父親を持っていただけで、ほかの魔術師から追われているとは、到底思えないのだが」

「……ええ、そうです」


 頷いて、春歌は告げる。

 そして――彼女は、絞り出すように、言葉を紡いだ。


「私は――『見え』過ぎるんです」

「見えすぎる? ……何かの能力を持っている、ということか?」


 再び頷く春歌。

 『見える』という言葉の意味は、様々なものがある。例えば視覚的に見える――遠くの物理対象が視認出来れば、それは『視力がいい』と言えるだろう。でも、それは見えすぎるとは言わない。そう、どちらかといえば、ネガティブめいた発言はしない。

 だが、魔術師にとって『見える』となれば――それは別の意味となる。


「まさか、その見えるというのは――」


 香月は頭の中に一つの仮説を立てた。

 それは、もしその通りならば、恐ろしいことだった。魔術師が狙っている理由も、彼女が怯えている理由も、凡て解決するのだから。


「はい」


 春歌は頷く。


「私が見えるのは――『流れフロウ』です」


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