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第4話

 果の言葉を聞いて、春歌はその言葉に相槌を打つことすらできなかった。しなかったのではない。彼に隠されたその過去を聞いて、何もできなかったのであった。

 だのに春歌は彼に冷たい目線を送った。送ってしまった。


「君に、そのような心を示す必要はないよ。知らなかったことは罪ではない。それに、彼は孤独が好きなだけだよ」



 ――彼女は、ここで思った。



 もしかしたら、彼にならば――彼にならば、私を助けてくれるかもしれない、と。

 唯一の希望。光。それを見つけた気がした。


「お願いします」


 だから、言った。


「――彼の居場所を、教えてください」



 ◇◇◇



 柊木香月は夜の街を歩いていた。

 すでに時刻は深夜零時を回っている。

 木崎市は港湾都市としてその栄華を築いた都市である。木崎市の南部には木崎湾が広がり、世界各地から様々な荷物が輸入及び輸出される。

 そういうわけで。

 木崎市はワールドワイドに対応しており、その明かりが二十四時間尽きることは無い。木崎市が直営する原子力発電所もあり、電力は充分に賄えるのだという。環境団体は原子力発電所以外の発電所を作ることを反対しており、また市にとっても原子力の方が、他に比べてコストパフォーマンスが良いということから、火力発電所よりも原子力発電所が多いという結論に至っている。

 二十四時間営業のコンビニエンスストアに入り、商品棚を物色する。棚には様々な商品が展示されており、最終的に缶コーヒーとおにぎりを手に取る。

 レジを通し、お金を払い、袋に入れてもらい、それを受け取り、外に出る。たったそれだけの行動であり、時間も僅か数分。効率性を求めて、彼は任務の後の食事は必ずコンビニと決めている。コストパフォーマンスを考えて、これがベストであると決めたからだ。

 何だかんだで、食事を作ろうという気はないのであった。

 おにぎりの封を開け、一口頬張る。彼が手に取ったおにぎりのうち一つは、大抵いつも食べているものだ。

 ツナマヨネーズ。

 それを食べないと身体が落ち着かないくらい、彼はツナマヨネーズのおにぎりを食べていて、彼はそれが無くてはならない体になってしまった。

 彼が住んでいる家は木崎市にある小さなマンションである。そのマンションに帰れば、あとは眠るだけ。それで充分だった。

 退屈なんて、思っちゃいなかった。

 むしろ、これだけでいいと思っていた。これで充分だと思っていた。

 だからこそ、彼は――ほんの一瞬だけ油断していた。



 ドゴッ!!!!!! と彼が歩いていた横にあったビルが崩落した。



 突如と無く。かつ予兆も無い。

 ビニール袋は手に持ったまま、しかしそこから逃げることも無く、ビルを見る。



 ――すでに破壊されたビル、その瓦礫の上には、誰かが立っていた。



 迷彩柄のワンピースを着た少女だった。金髪が青白い月光に照らされ、輝いている。風に靡くその光景は、切り出せば一つの絵になるかもしれないと思う程であった。


「……ランキング七位、柊木香月。専門は……おや、未登録ですか。何というか、珍しいですね。『データベース』に登録が無い魔術師が、未だこの世界に住んでいたなんて」


 少女は取り出したスマートフォンの画面を見ながら、ぶつぶつと呟く。しかしその声は様子を窺っている香月にも聞こえるくらい大きなものだった。

 聞いていた香月は鼻で笑い、答える。


「今のこの世界、情報を持つものが制する。それは昔、聞いたことがあったからね。そう簡単に登録するのは避けているというわけだ。そもそも、登録しなくてはならないという理由は無いからね」

「成る程。至極御尤もでありその通りの発言であるね」


 スマートフォンに口を近づけながら、少女は言った。

 香月はそれが何を意味しているのかそれに気付かなかった。もし彼が気付いていたのならば、もう少し戦いは有利に進んでいたかもしれない。


「ej・ei・bb・et・ff・ff・ff!」


 それが詠唱――基礎コードであることは彼も解っていた。

 だが、少女が持っているスマートフォンがコンパイルキューブであることに気付くには、少し時間を要した。

 直後、轟! と炎が彼の周りに渦巻き始める。


「スマートフォンにコンパイルキューブを組み込んだ……か!」


 香月の返答に、高笑いで答える少女。


「そうだ! ランキング七位と言っていたから、強いものかと最初から本気出してみたけれど、これくらいも瞬時に判別できないのか……。ランキングの基準って解らないものだね!」

「……どうかな。実際解らないぞ。案外面白く、単純に決まっているかもしれないな」

「負け犬の遠吠えかい? ……どちらにせよ、そのままじゃ死んじゃうよ?」

「そう思っているならそれでいいさ。……君は殺せるのかい?」


 それを聞いて、少女は首を傾げた。


「何が言いたい?」

「当然のこと。君は人を殺したことがあるのか、そして今も殺そうとしているが、殺せるのかということだよ。ランキング一桁を倒そうとしているのだから、それくらいの覚悟はしているのだろうね……という話だけれど」

「ff・ff・ff!!」


 その言葉によりさらに強くなる。

 香月は炎の中から少女の姿を見つめるだけだった。

 そして、炎の渦が香月の身体を飲み込んだ。



 ◇◇◇



 少女は消し炭となった、その場所に立つ。コンクリートが熱で少し溶けたこと以外は、何の変哲もない。よもやここで『人を焼いた』など思うはずもないだろう。

 これで彼女のランキングが幾らか繰り上がる。十位以内に入っているランキングホルダーを倒したのだから、当然のことだ。

 それにしても、あの若い少年がほんとうに魔術師で、しかもランキングホルダーだとは思いもしなかった。魔術師のランクは年齢に比例しない。かといって反比例もしない。年齢はただの指標に過ぎないのである。

 少女は腰につけていたカバンから煙草のようなものが入っている箱を取り出す。

 そしてそれを、炎を付けぬまま口づけた。

 それが彼女の日課であった。敵を倒した後の、至福の瞬間。これが彼女の一番好きな時であったし、一番大好きな瞬間であった。

 だからこそ、油断していたのかもしれない。

 瞬間、彼女は――違和感に気付いた。

 それが、彼女の身体を突き刺す、何者かの腕であることは解るのには、少しだけ時間を要した。


「……な、ぜ?」


 背後には、香月が立っていた。

 笑みを浮かべて、彼が立っていた。


「僕が何もしなかったことに疑問を浮かべたのはいいだろう。だけれど、そこから何も考えなかったのは及第点をあげるには無理だったね。そこで、『なぜ僕が何もしなかったのか』ということについて考えて、せめて一つの結論を導いていればよかったというのに」

「……結論?」


 ぐちゅり、という音を立てながら、一気に腕を引き抜く香月。


「がああああああああああ!!??」


 激痛による絶叫。それを聞くことも無く、彼はというと。


「あーあ……お気に入りのパーカーが血で汚れてしまった。どうするか、責任を取ってくれるのだろうね?」


 戦闘よりもパーカーの汚れをきにしていた。 

 血を吐きながら、それでも彼女は未だ香月を見つめていた。睨み付けていた。


「……お? まだ戦える感じ? いいなあ、僕はそういうの好きだよ。及第点を一つ、あげてもいいくらいだ」


 だけれど、と言って踵を返す。

 それをチャンスと思った少女はスマートフォンを取り出し、基礎コードを詠唱しようと考えるが――。


「――だが、もう遅い」


 その直後、彼女の身体が炎に包まれた。


「ああああああああ!!!!」

「ああ、言っておくけれど、それで簡単に殺す程僕も甘くない。何せ僕は殺されかけたのだからね? 一瞬とはいえ、だ。だから、君には情報を言う義務がある。僕に君の知っている情報を伝える義務があるというわけだ」


 炎に燃やされながらも、なお生きている。

 それは地獄というほかならない。

 少女は舌を噛み切ろうかとも思った。


「ああ、舌を噛み切ろうなんてのはやめたほうがいいよ。最悪、舌くらいは復活させられる。どちらにせよ君ははなさなくてはならないということ。解っていただけたかな?」

「……さすがはランキング七位。嘗めていたのは失敗だったか……」

「当然でしょ? ……さてと、こうやっていると身体が燃え尽きてしまうな。質問をしようか、さっさと質問を済ませてしまいたいからね」


 そう言って、香月は再び踵を返す。

 少女の焼けている身体と向き合って、香月は笑みを浮かべた。


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