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第3話

「それで私の元にやってきた、って言いたいのか。少年魔術師サン?」


 木崎市中心部より少し離れた場所にある今宮病院。

 その五階にある総合診療科に香月は居た。回転いすに腰掛けて、目の前に居る白衣を着た女性と話をしていた。その女性は見た目だけで言えば香月と同じくらいの年齢に見える。


「少年魔術師、では無く本名で言ってくれないかな。ここは普通の病院だぞ? 僕だって柊木香月という立派な名前があるのだよ?」

「ああ、そうだったな」


 しかし、女性はそれに悪びれる様子も無かった。


「それにしても、だ。どうして君は私という存在がありながら女性を連れ込みたいのかな? 嫉妬の炎を私に燃やさせて、三角関係へと発展させるための伏線かな? そうだと言ってくれると逆に安心するのだがね」

「……そういう言動さえ無ければ天才なのだがなあ。人間というのは、どうしてこうして、欠陥が必ず一つはあるのだろうな」


 女性は笑う。


「私は天才だよ。それは誰にだって否定させない。……まあ、冗談はほどほどにしておいて」


 冗談だとは思えなかった。

 女性は横にあるベッドにて眠っている――少女のほうに目をやった。


「彼女はただ気絶していただけだよ。それに疲労が溜まっていたようだ。……魔術師に負われていて、何も怪我が無かったことだけが驚きだよ。まったく、人間というのは面白いものだよ」

「あんただって人間だろう。それに、彼女はただの人間だ。コンパイルキューブも持っていなかったし、基礎コードをいっても理解していないそぶりを見せていた。もちろん、演技の可能性だって考えられるが……。だが、コンパイルキューブを持たずに魔術師と邂逅するのははっきり言って、ただの馬鹿だ。それを考慮すると……やはり彼女はただの一般人としか考えられない」

「それがそう言えないかもしれないよ?」


 そう言って女性は机上に置かれていたカルテを見せた。

 香月は驚いた――だがそれを表に見せることはしなかった。


「カルテは機密情報だろう……。見せていいのか、そんなものを」

「とっくに亡くなっている人間だ。それに……今回のことに無関係だとは言えなくなるよ」


 カルテを手に取り、香月はそれを見る。

 名前は城山義実。年齢は四十二歳。五年前に亡くなっている。

 そしてその名前と顔を見て――彼は思い出し、女性のほうを見た。

 女性は笑みを浮かべつつ、言った。


「なあ? 関係があると言っただろう?」


 城山義実――魔術師が聞けば、武者震いで震え上がると言ってもおかしくない程、『最強』と謳われた魔術師であった。過去形なのは、すでに彼が亡くなっているからである。

 彼の死因は、現在一位となっている『ホワイトエビル』代表増山敬一郎との勝負に負けたからだと言われている。増山は残忍な男だと、その界隈では有名であり、彼は卑劣な方法で殺されたのではないか――などという噂も立っている程。


「……そもそも死因が焼殺だということを知っていたか?」

「それは噂でも流れてきているからな。全身が真っ黒になるくらい焼けていたとも聞いている」

「そうだ。その通りだ。……あの時、私が検死を行った。はっきり言って、ひどいものだったよ。魔術師同士の戦いで敗れた人間は、こうなってしまうのだということを、まざまざと見せつけられた。あれを見て吐き気を催さなかったのが珍しいくらいだ」


 女性は立ち上がり、少女の頭を撫でた。


「……だが、少女と城山義実に関係が……」

「城山春歌」


 唐突に、女性が名前を言った。


「……今ここに眠っている少女の名前だよ。城山春歌、彼女はかつて最強の魔術師として謳われた城山義実の娘だ」



 ◇◇◇



 城山春歌が目を覚ました時、そこにあったのは天井だった。


「ここは……!」


 起き上がると、漸く彼女がどこに居るのかを理解する。

 カーテンと、消毒用アルコールのにおい。

 ここが病院だと判断するまでに、そう時間はかからなかった。


「目を覚ましたかい? ここは今宮病院だ。個人経営、とまではいかないけれど、そこそこ大きい病院に比べれば小さいものだよ」

「どうして、私はここに……?」

「気絶していたからだろうね。彼が連れてきてくれたよ」


 そう言って白衣を着た女性は親指である場所を指した。

 そこに居たのは――黒いパーカーを着た香月だった。


「あなたが……私を?」


 春歌が声をかけたと同時に、彼は春歌を睨み付ける。

 少し怯える彼女に、女性が香月の頭にチョップする。


「何するんだっ」

「何をするんだ、というのはこっちのセリフよ? 彼女は今起きたばかりで精神も安定していない。というのに恐怖を植え付けるとか何を考えているつもり?」

「だって俺の『任務』は終わったからな。あとは組織から金を貰えば、あとはまた別の任務待ちだよ」


 それを聞いて女性は溜息を吐く。


「……なんというか、まあ。いったい誰に似たのだろうね、香月クン」

「あの……あなたたちは知り合いなのですか?」


 かけた眼鏡の位置を直しながら、春歌は言った。


「知り合いというよりは腐れ縁だよ。小さいときから、湯川のことを知っていただけだ」


 溜息を吐いて答えたのは香月。

 湯川と呼ばれた女性は頬を両手で押さえながら照れている素振りを見せる。


「いやだなあ、香月クン。昔みたいにこのみ お姉さんと呼んでもいいのだぞ?」


 果はそう言って、香月を抱きしめる。屈んでいる彼女の胸付近に、香月の顔が当たる形になる。


「ちょっと待て! そもそもこんなことされる筋合いなんて無いし!」

「いいじゃないか。昔はこうやって遊んだだろう?」



 ――春歌がこのテンションについていけないのと、果と香月のテンションに引いているのを見た果は、香月を解放する。



「済まなかったねえ。これがいつもなのだよ。最近、香月クンは遊びに来ないし。来るとしてもこういう風に怪我をしたか厄介事を背負い込んだ時くらい。まったく、病院を便利屋扱いしないでほしいね」

「毎日のように、怪我もしていないのに病院行くわけがないだろ! それこそ破産する!」

「じゃあ、養ってあげようか?」

「そういう問題じゃない!」

「あ、あの……? もうほんとうに大丈夫ですので……」

「そうかい? だったら僕はもう帰らせてもらうよ。仕事が簡単すぎたというのもあるけれど、明日は明日でやることがあるからね」


 そう言って欠伸を一つし、香月は診療室を後にした。

 春歌と果だけの部屋となったが、別段果はそれを気にする様子も無かった。というのも、時間的にもう夜間診療の時間となるらしく、ナースも先生も患者も少ないらしい。

 となると仮に患者が来た場合、ここに居る春歌も診療出来る先生の対象になるのだろうが――。


「ああ、もし夜間診療を私もやるのではないか……と思っているのならば心配しなくていいよ。私は君の治療につきっきりということになっているから。もし何かあっても、君の治療をやっているという体で頼むよ」

「ほんとうにあの人に言われたように天才なんですよね……?」

「ああ、天才だよ。君の心の奥にある、魔術師に対する負の感情も感じ取れるくらいに、ね」


 それを聞いた彼女は顔を顰める。それを感じ取られるとは思わなかったのだろう。

 それを気にせず、果は話を続ける。


「彼は強い人間だよ。あの年齢であれ程の魔術を使うことが出来るのだからね。過去にいろいろあったのは確かだが……それでも彼は強く生きている。それゆえに、甘えることを知らないのだよ」

「何か……あったのですか……?」


 果が口を噤んだのを見て、春歌はしまったと思った。

 そんなことを言ってしまって、完全に失言だと思った。

 だが、そのようなことを気にすることも無く、果は話を続ける。


「香月クンの両親、彼が小さいころに死んでしまったのよね。二人とも、優秀な魔術師だったらしいけれど……。それゆえに、ライバルが多かったようよ。だから、殺されたのではないかなどと言われているけれど……そもそもあの事故じゃ……魔術師の仕業とは一概に言えないし」

「事故?」

「十年前、木崎湾に落下した飛行機事故……聞いたことは無い?」


 春歌は頷く。この市に住んでいる人間ならばその大半は聞いたことがあるからだ。

 木崎湾飛行機墜落事故。

 木崎湾に墜落した飛行機に居た乗客乗員合計二百二十名のうち、生き残ったのは四名。当時その四名は『奇跡の四人』などと言われメディア・マスコミに取り沙汰されていたものである。


「あれは……ほんとうにひどいものだった。今だって思い出したくないくらいだ。私は、あの事故の検死を担当してね。命が無い人間を何百人も見ていくのは苦痛のほか言いようが無かったよ」


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