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第2話 オープニング002 無慈悲なる対面

 少女は走っていた。

 木崎第一中学校。木崎市にある中学校であり、何の変哲もない。全校生徒六百三十人、運動部よりも文化部の活動のほうが活発である、ごく普通の中学校。

 その廊下を、彼女は走っていた。普段ならば廊下を走ることなんてしない、規律を守る彼女だったが、このときは違った。このときばかりは規律よりも自らの命を守るほうを優先した。

 彼女は追われていた。

 背後から追いかけてきているのは、一人の少年だった。髪も、服装も、凡て白で統一されている。唯一、その目が赤いことだけが不気味に浮き上がっていた。

 なぜ狙われなくてはならないのか。

 なぜ攻撃されなくてはならないのか。

 彼女は解らなかった。当然だ、なぜなら彼女はただの一般人なのだから。


「追われている理由が解らない、とは言わせないよ?」



 ――呼吸が止まったような、気がした。



 気付けば目の前に、追いかけてきていた相手が立っていた。いったいどういう近道を使えばこんなことが可能だったのか――。


「まったく。魔術師ランキング二十一位、それも『移動魔術』専門の僕にどうにかしようなんて無駄だよ、無駄。まったくの無駄。そんなことをするのであればさっさと降伏して、君のその力を解析させる。それしか方法は無いわけだよ?」

「あの……力……って」


 彼女は力が抜けてしまったのか、床にへたり込む。

 それを聞いた自称魔術師は高笑いした。


「はははははははは! 今、君はなんて言った? 『力、って』そう言ったね? 何を言っているんだ。その力は君が魔術師となった瞬間、とてつもない力となることは間違いない。そんな力だ。裏を返せば僕たち魔術師にとっては脅威であるとも言えるのだけれど」


 魔術師。脅威。

 その言葉の意味を彼女は理解できなかった。

 理解する余裕も無かった、と言ったほうが正しいかもしれない。


「君の力は、君が一番理解しているだろうよ。追われている立場である理由が解らない。自分は一般人です。そう思っているのならば大きな間違い。君はもう魔術師の領域に片足突っ込んでいる。それくらい解ってくれないかな?」


 とどのつまり。

 彼女はもう一般人ではないことを、彼は告げていた。

 一般人からしてみれば、ある種の死刑宣告に近いそれを聞いた彼女は絶望した。自分がなぜそのような目に合わなくてはならないのか――嘆いた。


「まあ、仕方ないよね。君の血筋もそうだ。そもそも、君はそういう生まれにならざるを得なかったのだよ。ただ、どちらかの血が強かったのか、純粋な魔術師には成り得なかったようだけれど」


 魔術師は立方体をポケットから取り出す。

 それは魔術師が魔術を行使するときに必要とする――コンパイルキューブだった。

 コンパイルキューブに囁くように、彼は呟く。


「ej・ei・fr・et・ff」


 その瞬間、魔術師のコンパイルキューブから炎が放たれ、彼女の身体は消し炭に――。



 ――なるはずだった。



「あ?」


 魔術師はどこか抜けたような声を出す。目の前に居たのだから魔術は成功しているはずだった。だから、彼女が魔術師でなければそれを避けることは出来ないはず――。


「……まさか!」


 そう。

 それだけではない。

 彼女が救われる方法は、もう一つあった。


「……魔術を使うことの出来ない一般人を魔術で嬲り殺し、か。魔術師の風上にも置けないね。それでほんとうにランキング二十一位? 笑える話だ。ランキングの定義も随分と地位が落ちてしまったのだろうか?」


 窓枠に腰掛ける、一人の少年。

 黒いパーカーを着た少年の下に少女が横たわっていた。


「貴様……それは俺が狙っていた獲物だ! それを奪うっていうのか?!」

「獲物……。君、もしかして無所属なわけ? だとしたら珍しい魔術師だね。生計を立てている魔術師なんて、たいていどこかに所属しているのが殆どだというのに」

「お前が無所属だと思うのならば、そういうことにしておいてやろう」

「違うことは、最初から解っているよ。僕を誰だと思っている? ……ああ、そうか。月明かりが無いから僕の姿を見ることが出来ないのだね。残念、残念。もし君が僕の姿を見ることが出来たのならば、さっさとここから姿を消していただろうからね」


 窓枠から降りて、ゆっくりと歩き出す少年。

 その姿が見えるまでに、そう時間はかからなかった。


「お前……何者だ?」


 それはわざとか、わざとではないのか、少年には解らなかった。

 だが、少年は敢えて答えた。


「僕の名前は『ヘテロダイン』所属、ランキング七位の柊木香月だよ。……さすがにここまで聞けば誰なのかくらいは理解できると思うのだけれどね?」


 それを聞いて魔術師の顔が青ざめた。

 彼の言ったランキング二十一位がほんとうであったとしても、香月のランキングは七位。到底勝てる相手ではない。彼が香月に魔術を当てるには、ネズミがライオンに攻撃出来る確率が必要となるだろう。

 要するに不可能。

 今の状況を鑑みるならば、逃げるしかないだろう。

 だが、香月は違った。


「……普通に慈悲のある魔術師ならばここで逃げることを選択させただろう」


 溜息を吐いて、ポケットからコンパイルキューブを取り出す。


「――だが、僕は違う」


 声色が、変わった。


「ej・bek・bb・et・clp」


 予兆は無かった。

 直後、魔術師の身体は――完全に崩れ去った。


「破壊する魔術だ。それくらい覚えておけば、まだ僕に勝てるチャンスはあっただろうにね」


 呟いて、踵を返す。

 改めて問題点に着目して、香月は頭を掻いた。


「さて……この問題、どう解決しようかね?」


 未だ気絶している少女――彼女を見つめながら、そう呟いた。


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