「まあ!巫女のお告げですって!」
「私の可愛い、ナスターシャ、どうか、静かにしておくれ。これは、父王と、跡を次ぐ私しか知らない事なのだから」
華蓮の宮の一郭にある、ナスラの部屋では、驚きの声があがっていた。
「その様な大事、私に喋ってよろしいの?」
「それが、私の愛の証さ」
「もう!斉令!」
「ああ、君が余りにも可愛かったからね。それに、私達が、なさぬ仲ということは、皆、知っている事じゃぁないか」
「そういう問題ではなくて!」
「まあ、君が、怒りたくなるのも分かるよ。何が、悲しくて、ナスラなどと、呼ばれなければならないのだろう。ナスターシャという、美しい名前があるのに」
ますます、話がずれて行く、と、ナスラは思いつつも、
「だって、ここの記録係の文官が、ナスターシャって、聞き取れなくて、ナスラなんて、名前にしてしまったんだもの。インドク樣も、同様よ。イングリットってお名前なのに」
拗ねるナスラに、あらら、そんな事がと、斉令は言いつつ、銀色の髪を撫でてやり、ご機嫌を伺った。
「それより、なぜ、巫女に頼るほど華蓮樣の事が問題になるの?」
「そう、それね。全くもって、相手の意図が掴めないからなんだよ。まあ、続きは、ナスターシャの寝台で、ってことで?ね?」
「ちょっと、斉令!」
拒む隙もなく、斉令の唇が、ナスラの紅く熟れた唇へ重なった。
「──と、言うことらしく」
少し頬を蒸気させたナスラが、華蓮へ報告を終えた。
「まあ!では!」
「巫女樣の祝福があったと!」
「あー、そこは、皆様、口外なさらないで!」
「格下すぎる国相手では、祝福があっても、陛下としては、迷われるわね」
なるほど、なるほど、と、インドクとマヤは、納得していた。
「それにしても、ご苦労様だこと。色仕掛けも大変ですわね」
インドクが口角をあげて、ナスラを空々しく労う。
きっと、顔を引き締めたナスラを見た華蓮が、
「はいはい、二人とも、それぐらいにしておきなさい」
と、仲裁に入った。
「まさか、お相手は、格下も、格下、
「両国に、国交はございまして?」
「それが、かろうじて、あるようですわ」
ナスラが、仕入れてきた情報は、新年の祝賀の儀に招かれた遼国王が、華蓮に一目惚れし、縁組の話を持ち込んで来たというものだった。
そして、どれ程華蓮の事を思っているのか、自らの気持ちを綴った束になった書状を、日々、送りつけて来るのだという。
「まったく、人騒がせな」
「書状は、一通で宜しいでしょうに」
「時に、華蓮樣は、遼国王樣と面識がございまして?」
ナスラ、インドク、マヤ、三人三様の言葉を受けて、華蓮は答える。
「いいえ、私には、まるで身に覚えがありません。そこまで書状を頂く義理もないと思うのですけれど」
王と重鎮達は、どう動けば良いのか困りきっているのだという。
確かに、いきなり、見知らぬ国から、華蓮を求められ、私情入り交じった訳のわからぬ書状を束で送りつけてこられては、何の裏があるのかと、意向を読むにも読みとれない。それで、日々の閣議は、困窮しているのだとか。
「どうあれ、私が、混乱の原因なのですね。わかりました。ナスラ、ご苦労様でした」
言って、華蓮は、すっくと立ち上がる。
「ひ、姫様!華蓮樣!」
部屋を出ていく華蓮の姿に、嫌な予感しかしない、ナスラ、インドク、マヤ、腹心三人組は、声をかけるが、華蓮には、まるで届いていなかった。