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第14話 巨人と呼ぶには小さすぎて、

 巨人と言うには小さすぎて、けれどただの淑女と言うには大きすぎる姫君の姿は、その場にいた民衆の注目を一気にさらいました。

 王族に近しく、しかも門の守護者ゲートキーパーであるダフネの皇太子殿下への感情は国民たちにはすでに知れ渡っており、皇太子殿下の婚約者候補筆頭は彼女であると誰もがそう思っていたのです。

 そんな彼女は皇太子殿下と少しでも親しくする女性が居ようものなら勝負を仕掛けたりしたもので、フィンツィ家にとっては頭痛の種でありながらも皇太子殿下に群がる殿下の顔や地位だけを求める女やその一族を蹴散らすには十分な働きをしておりました。

 国民たちも、「またやってる」と思いながらも、今回ダフネのターゲットに選ばれた「皇太子殿下に近しい女性」はどんな人なのだろうと興味津々でパレードを見ようと皇城へのメインストリートに集まっていたのです。

 でも、だから、そんな日々でしたので、まさかダフネの勝負を真正面から受ける貴族女性が居るとも思っておりませんでしたし、何よりその女性がこんな特殊な【能力】をお持ちであることも想像の範囲外の事でした。

 ディルアンディアの【巨大化】の能力は、彼女の中にある魔力と呼ばれる力に影響される【能力】です。

 少しでも身体を大きくする事が出来るのは最低条件。その際に服にも魔力を流して服が破れないようにするのも、淑女としては必須の能力でした。

 ですが彼女の魔力が強くなればなるだけ【巨大化】の範囲は広くなり、恐らくは彼女はどこまでだって大きくなれるのです。それこそ、すぐそこの建物は今のサイズのディルアンディアの3人分くらいの高さですから、そこを目指すのもいいかもしれません。

 ただ、現在のディルアンディアはまだそこまで大きくなることはできないのです。

 理由としては実に簡単で単純な話ですが、こんな【能力】は淑女には相応しくないと一族郎党全てから修行することを反対されたからなのです。

 弟と同じ遠くの音を聞く事の出来る能力であったなら……あるいは、遠くまで見えるだけであったなら、ディルアンディアとて父たちと共に【能力】を鍛える事はできたでしょう。

 ですが彼女の【能力】は、ただ彼女が女性であるからというだけで「はしたないもの」とされて人に見せる事すら許されなかったのです。

 お陰で彼女はまだ靴を身体に合ったサイズに大きくする事はできませんし、一緒に大きくしたはずの借り物のドレスも少し突っ張っているように感じます。

 このまま動き回ればドレスのどこかが破れてしまいそうでハラハラしますが、眼の前に居る小さな女性が勝負を仕掛けてきた理由が「皇太子殿下をかけて」なのであれば、ディルアンディアが断る理由なんて少しもないのでした。


「少し身体を大きくすると、相応に力や速度も上がるそうなのですわ。わたくしの場合、制御をちっとも学んでおりませんので、ちょっとやりすぎてしまうかもしれませんけれど」

「……ひぇっ」

「でも、ほんの少し、細い棒を折るくらいでしたら加減なんか必要ありませんものね」


 ビナギアに居る頃のディルアンディアであれば、この【能力】を見せるのは恥ずかしいと感じていたかもしれません。

 はしたない、女らしくないと叱られる事を恐れてこの勝負だって受けていなかったかも、しれないのです。

 けれど今、ディルアンディアは少しも恥ずかしくなんかありませんでした。

 この【能力】は、ディルアンディアという一人の人間は、自分たちを助けてくれビナギアのために動いてくれている皇太子殿下のためになるかもしれないと確信を持てたのです。

 王家の血統に継承されていく【能力】はとても希少なもの。ここで自分の力と価値を証明すれば、もしかしたら皇太子殿下も自分を戦場に連れて行って下さるかもしれないと、ディルアンディアは考えていました。

 ビナギアの調査でディルアンディアの眼の前に立ちはだかっていた一番の敵は、彼女が「女性である」というただそれだけでした。

 でもこの【能力】で戦える事を知ってくだされば、女性だということなんか無視して使って下さるかもしれない。

 ここで自分の力を見せればあの美しい皇太子殿下のために、少しでも役に立てるかもしれない。

 ディルアンディアは、初めて人前で見せる【巨大化】のせいで少しばかり小さく見える皇太子殿下を見て、胸が高揚しているのをハッキリと自覚しておりました。

 ダフネは初めて見る【巨大化】という能力にすっかり慄いているらしく呆然とディルアンディアを見つめるばかりで、折角持っている魔力槌で攻撃をしてくる気配もありません。

 ですので、ディルアンディアはじっくりとダフネを観察する事にしました。

 身長のほどは160ほどでしょうか。元々の姫とそう変わらない身長で、リューグ皇太子殿下と近しい血筋なのか茶色なのに黒っぽくも見える不思議な髪色をしています。目元につけているのは、ユルグフェラーの特産物のひとつであるガラスを使って作られている眼鏡でしょうか。

 視力補助装置が入っているようには見えませんが、彼女の目元のそばかすを隠すのには立派に役目を果たしているようです。

 そこまで確認してから、ディルアンディアはダフネの脇に手を突っ込むとおもむろに彼女を抱き上げました。

 抱き上げたと言っても、今のディルアンディアは【巨大化】に伴って力も上昇しておりますし、腕を真っ直ぐ上に持ち上げれば四メートル程の高さになってしまいます。

「ひ、ひえぇ!!」

「あ、暴れないで下さいましね。手元が狂ったら……落としてしまいそうですわ」

 実際、姫は元々淑女にしては力持ちではあるものの女性としては特筆して力持ちではありませんので、うっかりすれば落としてしまいそうでちょっぴり怖いのです。

 姫としてはただちょっと持ち上げただけ。

 ですが、見ている方としては貴族用の馬車よりも大きな上背の巨人が女性を持ち上げている姿でしかないのでそれはそれは恐るべきものです。

 だって、見ている方としてはいつディルアンディアがダフネを握りつぶしてしまわないともわからないのですから。


「そこまでだ」


 ですからその様子を見守っていた国民たちも、騎士たちも、腰に佩いていた剣を地面にドスッと勢いよく突き刺しながら制止の声を上げた皇太子殿下に一気に注目いたしました。

 この場面でこの状況を覆せるのは、彼しか居ないからです。

「私は騒ぎを起こすのは好まないと伝えたはずだな、ダフネ?」

「で、でんかぁ……」

「大変失礼をいたしました、姫。その娘はその辺に置いておいて構わない。フィンツィ家がそのうち回収するだろう」

「かしこまりましたわ、殿下」

 右手に近衛騎士団長のシグルド、左手には王宮の執事たちを取り纏めるハンネスを連れて朗々と宣言する皇太子殿下の姿は、真っ黒な鎧の威圧感もあり有無を言わさぬものがありました。

 国民たちは皇太子殿下が手を振って「道を開けろ」と示すと慌てて警備兵たちと共に街道沿いにまで戻り、【ゲート】の向こうから顔を出して様子を伺っていた騎士たちに出発の指示を出します。

 その様子を見てにっこりと笑顔を浮かべたディルアンディア姫は、ダフネが騎士たちに踏まれないように街道沿いの道にそっと下ろしてから馬車へ戻りました。

 勿論、護衛騎士が差し出してくれた靴を受け取るのも忘れません。

 騎士はディルアンディアに靴を履かせてくれようとしたようですが、裸足で歩き回ってしまったのでこの靴の元々の持ち主である皇女殿下の事を考えるとそれを受けるのもはばかられました。

 なので両手に大事に借り物の靴を抱いて馬車に戻ったディルアンディアは、ドアが開かれるまで馬車のカーテンが厳重にひかれていた意味をそこで理解いたしました。


「ダイアナ。そこに、お座りなさい」


 ルーナルア・ベルティファ・ル・エンデア夫人。大将軍ベルホルトを骨抜きにし、彼とともにビナギア王家を盛り上げた立役者であり王国屈指の美女。

 その屈指の美女である母からの稲妻のような叱責は、ディルアンディア姫にとってはあの夜に追いかけてきていたビナギア兵よりもずっとずっと、恐ろしいものでありました。

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