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第12話 勃発!女の戦い!

 ユルグフェラー帝国の皇都・ソーラリオン。

 ビナギアとの国境近くにある戦砦から馬車で7日ほど海に向けて進んだ場所にある、小高い丘の上に皇城を構える美しい都市です。

 そのソーラリオンの名物といえば、皇城の近くに設置されている【ゲート】がなによりも有名でしょう。

 この【ゲート】は、帝国内の要所から皇都までを繋ぐ転移装置であり、緊急の用事があれば一般市民にも解放されている珍しい古代の遺物レガシーなのです。

「まだユルグフェラーがただの王国であった頃この世界には沢山の【魔女】と呼ばれる存在が居て、【ゲート】も魔女たちが暇潰しのためにパズルのように組み上げたものだと言われています」

「まぁ、あのおとぎ話は本当の話だったのですか?」

「ビナギアには確か、【ゲート】は無かったのでしたか」

「えぇ。昔はあったのだけれど戦争で失われてしまったと聞いていますわ」

 【ゲート】へ向かう道すがら、シグルドは姫君たちの乗る馬車に並走してこれから先の予定を彼女たちに語ってきかせておりました。

 皇太子殿下のことは副官に任せているので大丈夫でしょうが、【ゲート】まであと10分程も馬を走らせれば、という距離だというのに皇太子殿下はすでに緊張して手綱を持つ手がおかしくなっています。

 無意識に胸の前で両拳を固めて子どものような格好をとってしまうのは、皇太子殿下が小さな頃からの自己防衛本能と言ってもいいかもしれません。あぁやって手を胸の前に出して自分の心を守っていたのだろうなと思うと、シグルドは少しだけ皇太子殿下が気の毒な気持ちになります。

 それはそれとして仕事は全うして頂きますが、まぁ【ゲート】まではまだ少しあるのでここで思いっきり緊張しているだけであれば構わないでしょう。

 幸いディルアンディア姫は【ゲート】の話に興味津々で、ルーナルア夫人もニコニコとその様子を見守っております。

 戦砦を出たのは早朝でしたが、このお二人は朝に強いのか少しも眠そうにしている様子はありません。逆に彼女たちの連れているメイドと乳母の方が疲れた顔をしているくらいです。

「この【ゲート】はユルグフェラー内の要所にのみ設置されています。といっても、この門が設置された頃の要所ですので、現代の重大な立地とは少しばかり違っている所もありますが、門をくぐればその先は帝都です」

「逆に、帝都から他の場所に行くことも出来るのですか?」

「勿論です。ですが、帝都の門の守護者ゲートキーパーは非常に難物で、滅多に許可が出ませんので基本は帝都への一方通行です」

 皇太子殿下はきっと、【ゲート】を潜ると迎えに出てきているだろう門の守護者ゲートキーパーに会うのも気が重いのでしょう。

 強烈な皇太子殿下の信奉者である彼女は皇太子殿下が帝都に戻るたびに王宮の騎士や神官を集めてパレードをしたがるのです。

 皇太子殿下がどれだけ「やめてくれ」「静かに戻りたい」と言っても、彼女は「皇太子殿下のご帰還に何もしないなんて!」と決して聞き入れることはありません。

 まぁそれでも、パレードが行われるようになったのが国境付近の魔獣の掃討任務だとかの大規模な遠征に限られるようになってきましたので、これで我慢して欲しいとシグルドは思っておりました。

 何しろリューグ殿下が正式に皇太子の地位につかれるまでは、当時居住していた領地から帝都に来るたびにパレード状態だったのです。これでは帝都の民にとっても大層な負担だったことでしょう。

 最終的にリューグ殿下に泣きつかれたシグルドが第一皇女のベルタ=イラ様と共に彼女を諌めてようやくこの頻度になったのです。

 逆に言えば、彼女を止めるにはこの遠征帰りのパレードだけは我慢してもらわないとまた過去のような大騒ぎに戻ってしまうかもしれないということでもあります。

 門の守護者ゲートキーパーは扉の開閉を行える大事な職業であるだけに、彼女のご機嫌取りも多少は必要なのでした。

「恐らく、今回も【ゲート】が開いた瞬間からパレードが始まるかと思います」

「パレ……パレードですか?」

「えぇ。皇太子殿下が手勢を率いて帝都に戻る時の恒例行事のようなものでして……ですので、姫たちは出来るだけカーテンを閉めておいていただけますと、余計な騒ぎは起きないかもしれません」

「そんなに大きなパレードなのですか?」

「帝都の民がうんざりするくらいには」

 自分もややうんざりとしながらディルアンディアにそう言うと、ディルアンディアは目尻を下げて笑いました。

 美しい、笑顔一つでも人を虜にしてしまいそうな笑顔です。

 ビナギア王国一の美女と名高いというのにまるで少女のように、作ったような淑女の笑顔ではなく素の笑顔を浮かべる彼女を連れて戻ったと知られれば、帝都の門の守護者ゲートキーパーは大層衝撃を受けることでしょう。

 そして、帝都の民も我慢しきれずに皇太子殿下が泣き出してしまうほどには大騒ぎをしてしまうかもしれません。

 皇太子殿下にはいつも通り赤い房飾りの兜をかぶってもらいますが、パレードのたびに緊張はピークになる皇太子のストレスは出来るだけ強めたくはありません。


 しかしシグルドは、己の考えがあまりにも浅慮であり楽観的なものであったということを、【ゲート】を通り抜けて初めて思い知ることとなりました。


 シグルドは皇太子殿下の近衛騎士です。幼い頃からリューグ殿下の遊び相手であり訓練相手であり友達であり親戚でした。

 ですので彼の頭の中のいちばん重要な部分は常に皇太子殿下が占めており、他の部分に関しては少しばかり疎かったのかもしれません。

 ですが、まさか、【ゲート】を通り抜けてすぐに問題が起こるとは……

 問題を起こしてばかりの門の守護者ゲートキーパーがまさか、皇太子殿下の前で国を揺るがす大問題を起こすだなんて、そんなこと想像もしていなかったのです。


「皇太子殿下をかけて! 勝負です!!」


 門の守護者ゲートキーパーが皇太子殿下のモチーフカラーの赤い房付の槍をぐるんと振るって、その切っ先をディルアンディア姫の乗っている皇太子の紋に入っている馬車に向けました。

 それを見ていた国民たちは何故かうおぉぉおと大声を張り上げて大盛りあがり。一番最初に近衛騎士団の副団長と共に【ゲート】を抜けた皇太子殿下はぽかんとしたまま動くことが出来ないでおりました。

 【ゲート】は、その名の通りに巨大な門の形状をしている古代文明の遺産と言われており、門の守護者ゲートキーパーの一族だけが開閉を行うことの出来る魔術道具のようなものです。

 ですので、【ゲート】を潜る瞬間は強い光に包まれて視界が一瞬だけ奪われ、光が消えると共に通り抜けたことがわかるようになっています。

 隊列を成してゆっくりゆっくり【ゲート】を抜けてくる皇太子殿下の直属の騎士団の姿は荘厳で美しく、いつもは国民たちもこんなテンションの叫びは決して上げない、はずなのです。

 しかし今はどうしたことか、一体何があったのか、皇太子殿下が【ゲート】を抜けた瞬間に門の守護者ゲートキーパーが殿下を己の従者たちに預け、パレードを行うどころか客人に刃を向けたのです。

 向けて、しまったのです。

 シグルドは、己の馬の上で目眩が起こるのを必死に、愛馬のたてがみを掴んで堪えました。

 皇太子殿下とその騎士がビナギアから逃げてきたディルアンディア姫たちを救助したという話はその日の夜のうちに【影】から帝都へと伝えられているはずの話ですので、姫君が今回の隊列に加わっていることを皇城の上の方の人間であれば誰でも知っていたことでしょう。

 皇妃様たちなんかは、姫君たちのために客間を用意したりドレスを用意したりと、忙しくしているのかもしれません。

 しかしこの門の守護者ゲートキーパー――ダフネときたら、姫君がユルグフェラーに逃げてくると知って真っ先に用意していたのはコレ、だったようです。

 ぶっちゃけこれは国際問題です。まさか、確かに今の彼女は亡命してきた元貴族と呼べるのかもしれませんが、でも、まさか隣国の王家に連なる女性に刃を向けるだなんて。

 馬車の中に居るディルアンディア姫もぽかんとしておりますし、ルーナルア夫人は武器を向けられていることにとても戸惑っているご様子。

 それはそうでしょう。

 ダフネと馬車の間に居るシグルドですらもぽかんとしているのですから、彼女たちが現状を受け入れられなくても無理はありません。

 本来この場を諌めるべき皇太子殿下は馬の上で完全にフリーズしてしまっており、いつの間にかヨルンとエルベラが近くに走りダフネから遠ざけてくれているようです。

 ただでさえパレードだけでも頭がパンク状態だったでしょうに、その場でこんな事を仕掛けてくる部下が居るともなれば身構えていたとてこうなってしまうのは仕方のないことでしょう。

 シグルドは、危うく自分がプッツン来てしまいそうなのを深くゆっくり呼吸をして何とかギリギリ押し留めておりました。

 ここでシグルドがブチギレてしまえば、さらにこの状況は始末に負えなくなってしまいます。今だけは落ち着いて。とりあえず、今だけは。

 そう思いながら、怒りを滲ませた声で腰に佩いた剣に軽く触れながら姫君たちの馬車に背を向けます。

「ダフネ・フィンツィ……」

 ――結果として、これもまたシグルドの甘さと若さが招いた何かだったのかもしれません。

 シグルドが馬車に背を向けてしまえば背後のことは完全に意識の外になってしまうために、何が起きても咄嗟に反応が出来ないからです。

 ですが、ですが、まさか、


「その勝負! お受けいたしますわ!!」


 まさか、ディルアンディア姫がバーンと馬車から登場し、歩きやすさを重視したヒールの低い靴を馬車の車輪に乗せながらダフネの勝負を思いっきり正面から受けるなんてことは、シグルドの理解の範疇の外の行動だったのでした。

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