今野が敷いてくれた布団に、そっとココロちゃんを寝かせる。彼女は深く眠っているようで全く起きる気配はなかった。今野はココロちゃんの胸の上まで薄手の布団を掛けると、小さな子を慈しむように頭を撫でる。「ごめんな」と呟く今野の声は、泣いてしまいそうなくらいに詰まって掠れていた。
ココロちゃんはまだしばらく目を覚ますことはないだろう。できればその間に、家の中を元通りにしておきたい。そのためにも、まず一番に、この死体をどうにかしないと。
「俺、今から、警察に……」
「埋めよう」
「え……」今野が小さく声を漏らした。時間が止まるのを肌で感じる。今野が困惑したように揺れる瞳で私を見ている。
「うん、埋めてしまおう」
そうだよ。それしかない。と、自分自身に言い聞かせるように私は繰り返す。自分で言って、頷いて、やっぱりそれしかないと思う。
時間はもうすぐ日付が変わるころだ。焼いて、存在を消すことだって難しい。体をバラバラにする力も、時間もない。それならば、埋めて、朽ちていくのを見守るのが一番現実的だろう。
「埋めるって……どこに?」
どういう感情がそこにあるのか、今野は半笑いで私に問いかける
「おじいちゃんの家。裏に、おじいちゃんが管理している山があるの。普段は誰も入らないし、そこなら、バレない。今から、すぐに埋めに行こう」
「吉岡、お前、自分が何言ってるか分かってる?」
「分かってるよ」
「そんなことしたら、お前まで犯罪者やぞ」
「じゃあ、なんで、私に電話したの」
今野の目が一瞬大きくなって、光を取り込んで揺れる。
「私、前に言ったよ。今野は、ちゃんと幸せにならないとダメだって。今野とココロちゃんが、これ以上、この人のことで苦しむ必要ない。何のために今日まで我慢してきたの」
「でも、俺は、お前まで巻き込むつもり、本当になくて……。吉岡には、ちゃんと幸せになってもらいたいから、」
「いいよ。私は、今野としか、幸せになりたくないから」
自分が言っていることが、社会的に正しいなんて思っていない。これしかないと思いながら、間違っていることも分かっている。幸せになる道は他にもあったのかもしれない。助けてくれる大人はたくさんいたのかもしれない。警察に出頭したら、一生今野に会えなくなってしまう気がした私のエゴもある。それでも、今の私は、これが一番の正解で、私たちが幸せになる方法だと本気で思ってしまった。
「……でも、俺たちだけで運べるかな……」
今野よりも背も横幅も大きいその人に一瞬怯む。私と今野だけで出来るだろうか。
ここからおじいちゃんの山まで三十分といったところだろうか。納屋にはおじいちゃんが使っているシャベルとか、穴を掘るために使えそうなものはたくさんあったはずだ。それは問題ない。普段、誰も立ち入らない場所とはいえ、陽が昇るまでにできれば埋めてしまいたい。夏だから陽が昇るのも早くなってきている。四時ごろまでには、全て終わらせておきたい。
穴って、大体どれくらい掘ればいいのだろう。それにはどれくらいの時間がかかるのだろう。考えれば考えるほど、私と今野だけではとても成し遂げられることではないのではないだろうかと不安が押し寄せてくる。それでもやらなくちゃいけない。
「運ぶしかないよ、私たちで」
「……ひとり、アテがある」
「誰か呼ぶの?」
「大丈夫。絶対、誰かにバラしたりしないやつだから。ココロのスマホ、もらっていい?」
「あ、うん」
未だ手に持ったままだったココロちゃんのスマートフォンを今野へと手渡す。今野の指は今も震えていて、うまく操作できないことに苛立つように、小さく舌打ちしたのが聞こえてきた。
「……すぐ来るって」
しばらくして、今野がそう言った。
誰が、とは聞けなかった。「そう」とだけ応えた。
壁掛けの時計が秒針を鳴らしている。日付が変わる。朝日が昇るまでに、この夜を、私たちは無かったことにしなければならない。
「運びやすいように、しておこう」
ビニールシートとか、毛布とか、ビニール紐あるかな、と今野に訊く私は、冷静なのだろうか。不思議と体は汗でベタつくのに、暑さは感じなかった。あんなにも、寝苦しいと思っていた夜なのに。