「今日から入りました、新人の
城島くんは身長一八〇センチを優に超える大男。
コンビニの制服は大胸筋で今にもはちきれそうだし、パンパンに膨らんだ二の腕なんて私のももより太い。
半袖から突き出た腕は色黒で、毛深くて。太い眉ともみあげ、つぶらな瞳は、アフリカの原生林を想起させるほど、彼は、その――。
いかんいかん。
私は、店長のセリフを思い出した。
「いいかい
このご時世、コンビニバイトは外国人ばかり。私にとっても日本人バイトが増えるのはありがたい。
顔なんて付いていればいい。身体も大きい分、力仕事も得意だろう。店長の言う通り、わざわざ言う必要なんてない。
「初めまして、寺島です。城島くんの教育係に任命されたから、よろしくね」
「はい! どんどんこき使ってください、寺島先輩!」
「あはは、元気いいね。じゃあまずはレジから覚えよっか」
体育会系なノリの城島くんは、教えてる最中もハキハキ返事してくれて頼もしい。
この分なら缶瓶ケースも全部やってくれそうだし、これは掘り出しモノかもしれませんよ、店長!
「じゃあ私が後ろでヘルプするから。レジで接客やってみようか」
「もうですか!? できるかなあ」
城島くんは太い眉で深い彫りを作り、レジに立った。
ほどなくして、お客さんがペットボトルのお茶を持ってくる。
城島くんは慣れない手つきで商品のバーコードを読み取ると、合計金額を伝えた。
「一六〇円です」
「スイカで」
「あ、あ……え?」
慌てる城島くんの後ろから、レジのスイカ決済ボタンを指差してあげる。
城島くんは慌ててボタンを押すと、学生さんはピッとタッチし退店していった。
「ありがとうございました~」
お客さんにお礼を言って振り向くと……城島くんは申し訳なさそうな、つぶらな瞳を向けてきた。
私は努めて明るくフォローを入れる。
「あはは、緊張しちゃった?」
「すみません……スイカって慣れなくて」
「え? じゃあ何なら慣れてるの?」
「バナナなら」
ウホホッと笑う城島くんに、これは彼なりの冗談だと理解しながら、ノッていいものかどうか迷ってしまう。
その時、店内の来店チャイムが立て続けに鳴った。あ、もうお昼の時間か。
普段は暇なこの店も、昼休憩の時間は近隣の大学と会社からどっと人が押し寄せる。
レジ前に長蛇の列ができるも、城島くんは平然と会計をこなしていく。
「おでんの卵と唐揚げですか。容器は一緒でいいですよね?」
「いいわけないでしょっ!?」
「え? おにぎりの賞味期限が切れてる? お客さん、ウガンダでも同じ事言えます?」
「すみませんっ! 今すぐ代わりの持ってきます!」
「冷凍の鍋セット、温めます?」
「コンロないからっ!」
「冷凍チャーハン……まだ暑いですもんねー」
「なんでこっちは聞かないのっ!?」
ダメだ……いちいちツッコんでたら列が
私は我慢できず、城島くんとレジを交代する。
「あ、釣り銭足りない。城島くん、隣のレジから十円の束持ってきて」
「はい」
城島くんは軽く手を握り、指の背を床に付けた。
そして三メートルほど離れた隣のレジに向かって、凄い速さで移動する。
素早くレジを開けると、また四つん這いで戻ってくる。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがと」
硬貨の束を手渡しする私たちに、レジ前に並ぶお客さん全員が奇異の目を向けてくる。
ちょっと待ってみんな。常識的に考えて。
城島くんは日本語を喋って、私の言いつけを守って、コンビニで働いているのよっ!?
そんなわけ……そんなこと、あるわけないじゃないっ!
心で強く念じても、お客さんの視線は収まるどころか更に熱く、私の胸を焦がしていく。
私は耐え切れず、後ろに立つ城島くんに囁いた。
「城島くん、隣のレジでやってみて。分かんなかったら聞いてくれればいいから」
「わかりました」
再び、ナックルウォークで隣のレジに移動する城島くん。見間違いじゃなかったと、震えながら目の前の会計をこなす私。
予想通り、城島くんのレジには誰も並ばない。ただ不審者を見る目が隣のレジに注がれている。
ごめん……見世物にしちゃって悪いけど、今はとにかくそこでじっとしてて。
「こちらのレジもどうぞ~」
健気にも、行列に声をかける城島くん。一斉に、彼から目を背けるお客さん。
居たたまれないぞこれ……と思いつつ会計を進めていると、突然聞いた事がない音が店内に響いた。
ぽこっ、ぽこっ、ぽこっ、ぽこっ。
その奇妙な音の羅列に、私だけでなく店内全員の目が奪われる。
城島くんは両手を交互に胸に打ち付けながら、踊るようなドラミングを披露していた。
思わずステップを踏みたくなるような軽快なリズムに、お客さんの視線が集中した事を確認すると、
「こちらのレジもどうぞ~!」
性懲りもなく明るい声。そしてまた鳴り響くドラミングの音。
その軽快なリズムの中、私もお客さんもただ黙って、笑ってはいけない会計を進めていくのだった。
* * *
すっかり人がいなくなった店内で、私と城島くんはカウンターの中で一息ついていた。
「寺島先輩、今日は役に立てなくてすみませんでしたっ!」
城島くんは勢いよく頭を下げてくる。健気だ。
しかし、腰を折って前屈するその姿は……ダメだダメだ。私は何を考えている。
確かに巨体で毛むくじゃらでつぶらな瞳の城島くんだけど、彼は人間だ。人間の範囲だ。
すぐにそんな誤解、解く事ができるはずだ。
「あのさ、ちょっと質問してもいい?」
「はい」
「さっき隣のレジ行く時、四つん這いだったよね? あれじゃないと移動できないの?」
「やだなぁ、ちゃんと立って移動できますよ」
「あ、だよね」
「二メートルくらいなら」
……次の質問。
「城島くんの、好きな食べ物は?」
「繊維質の多い野菜系ですかね。他にも木の実とか、果物とか」
「えーと、バナナ。とかは?」
「あー、好きですよバナナ。でもウチの田舎じゃ、滅多に食べられないんですよ」
「え?」
「あとグンタイアリかな。たまに食べたくなりますよね」
「え?」
「こっちの人、食べないんですか? ウチが田舎だったからなあ」
確かバナナは東南アジア原産で、アフリカなどの熱帯雨林地域では育たないと聞く。
それよりも、グンタイアリの方が問題だ。でも田舎の方には虫を食べる風習もあるし……。
そうだ、夢だ! 将来の夢を語ってくれれば分かる。人間の若者が見る夢だなって、確信が持てるはず!
「城島くんって、将来の夢とかある?」
「実は俺、憧れてる職業があって……」
そう、それよ!
プロ目指してるスポーツ選手とかバンドマンとか!
練習ばっかでちょっと世間に疎いとか、そういう事なのねっ!
「コンビニ店員なんですけど」
ツッコミたいところを、ぐっと堪える私。
現代っ子は繊細。すぐ辞めちゃう。否定してはいけない、いけないのだ。
「それで俺いろんなコンビニいって、面接するたび、落とされて」
そりゃまーあの奇行じゃね。二足歩行二メートルが限界だし、ドラミングしつこいし。
「でもここの店長さんは、そんな俺の夢を叶えてくれたんです」
店長、ヤル気重視採用だからなあ。
「寺島先輩だって、こんな失敗ばっかの俺を見捨てず励ましてくれて……俺、もっと役に立ちたいんです。恩返し、したいんです!」
つぶらな瞳から、涙の雫が落ちていく。
城島くんは慌てて太い腕で顔をこすると、私に背を向け座り込んだ。
城島くんと同じシフトに入って、彼の失敗で埋め尽くされた一日だったけれど――、彼と一緒にいて、一つだけ分かった事がある。
「私、城島くんが健気にがんばってる姿、カッコいいと思うよ」
城島くんは、座ったまま振り向いた。つぶらな瞳が『本当ですか?』と訊いてくる。
「だからほら立って! 元気出して!」
毛むくじゃらの腕を両手で抱え、城島くんを立たせる。
「城島くんは田舎育ちで世間知らずなところがあるから、もっと細かく教えてあげる。憧れのコンビニ店員になれたんだから、頑張んなよ。私だって待ち望んだ後輩が来てくれたんだから、頑張るよ!」
「寺島先輩……本当に俺なんかと一緒に、働いてくれるんですか?」
ナックルウォークだのドラミングだの、そんなのコンビニ店員にとって些細な問題でしかない。
ましてや人間かどうかなんて、バカバカしいにも程がある。
だって。
「私が城島くんと、一緒に働きたいの!」
「それは……」
つぶらな瞳に見つめられ、私の頬が紅潮する。
「群れに入れって事ですか?」
「違うわよ」
「ボス」
「ボスじゃないから」