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コンビニバイトの城島くん
トモユキ
現代ファンタジー都市ファンタジー
2024年10月12日
公開日
3,499文字
完結
 私――寺島裕子(てらしまゆうこ)はコンビニでバイトをしている。
 その日バイトに入った私は、店長に呼び止められた。
 どうやら今日から新人くんが入って来るらしく、その教育係に任命されたのだ。
 彼の名前は、城島健次(じょうしまけんじ)
 いつもにこやかな店長は、この時ばかりは真剣な顔でこう言った。

「彼を見て十人中十人が、そういう顔だと思うだろう。でもそれは絶対、彼に言ってはいけないよ」

コンビニバイトの城島くん

「今日から入りました、新人の城島健次じょうしまけんじです、よろしくお願いします!」


 城島くんは身長一八〇センチを優に超える大男。

 コンビニの制服は大胸筋で今にもはちきれそうだし、パンパンに膨らんだ二の腕なんて私のももより太い。

 半袖から突き出た腕は色黒で、毛深くて。太い眉ともみあげ、つぶらな瞳は、アフリカの原生林を想起させるほど、彼は、その――。

 いかんいかん。

 私は、店長のセリフを思い出した。


「いいかい寺島てらしまちゃん。彼を見て十人中十人が、そういう顔だと思うだろう。でもそれは絶対、彼に言ってはいけないよ。最近の若い子は繊細だから、何か言われたらコンビニバイトなんてすぐ辞めちゃう。貴重な日本人バイトなんだし、大事に育ててあげてね」


 このご時世、コンビニバイトは外国人ばかり。私にとっても日本人バイトが増えるのはありがたい。

 顔なんて付いていればいい。身体も大きい分、力仕事も得意だろう。店長の言う通り、わざわざ言う必要なんてない。


「初めまして、寺島です。城島くんの教育係に任命されたから、よろしくね」

「はい! どんどんこき使ってください、寺島先輩!」

「あはは、元気いいね。じゃあまずはレジから覚えよっか」


 体育会系なノリの城島くんは、教えてる最中もハキハキ返事してくれて頼もしい。

 この分なら缶瓶ケースも全部やってくれそうだし、これは掘り出しモノかもしれませんよ、店長!


「じゃあ私が後ろでヘルプするから。レジで接客やってみようか」

「もうですか!? できるかなあ」


 城島くんは太い眉で深い彫りを作り、レジに立った。

 ほどなくして、お客さんがペットボトルのお茶を持ってくる。

 城島くんは慣れない手つきで商品のバーコードを読み取ると、合計金額を伝えた。


「一六〇円です」

「スイカで」

「あ、あ……え?」


 慌てる城島くんの後ろから、レジのスイカ決済ボタンを指差してあげる。

 城島くんは慌ててボタンを押すと、学生さんはピッとタッチし退店していった。

「ありがとうございました~」


 お客さんにお礼を言って振り向くと……城島くんは申し訳なさそうな、つぶらな瞳を向けてきた。

 私は努めて明るくフォローを入れる。


「あはは、緊張しちゃった?」

「すみません……スイカって慣れなくて」

「え? じゃあ何なら慣れてるの?」

「バナナなら」


 ウホホッと笑う城島くんに、これは彼なりの冗談だと理解しながら、ノッていいものかどうか迷ってしまう。

 その時、店内の来店チャイムが立て続けに鳴った。あ、もうお昼の時間か。

 普段は暇なこの店も、昼休憩の時間は近隣の大学と会社からどっと人が押し寄せる。

 レジ前に長蛇の列ができるも、城島くんは平然と会計をこなしていく。


「おでんの卵と唐揚げですか。容器は一緒でいいですよね?」

「いいわけないでしょっ!?」


「え? おにぎりの賞味期限が切れてる? お客さん、ウガンダでも同じ事言えます?」

「すみませんっ! 今すぐ代わりの持ってきます!」


「冷凍の鍋セット、温めます?」

「コンロないからっ!」

「冷凍チャーハン……まだ暑いですもんねー」

「なんでこっちは聞かないのっ!?」


 ダメだ……いちいちツッコんでたら列がけない。

 私は我慢できず、城島くんとレジを交代する。


「あ、釣り銭足りない。城島くん、隣のレジから十円の束持ってきて」

「はい」


 城島くんは軽く手を握り、指の背を床に付けた。

 そして三メートルほど離れた隣のレジに向かって、凄い速さで移動する。

 素早くレジを開けると、また四つん這いで戻ってくる。


「はい、どうぞ」

「あ、ありがと」


 硬貨の束を手渡しする私たちに、レジ前に並ぶお客さん全員が奇異の目を向けてくる。

 ちょっと待ってみんな。常識的に考えて。

 城島くんは日本語を喋って、私の言いつけを守って、コンビニで働いているのよっ!?

 そんなわけ……そんなこと、あるわけないじゃないっ!


 心で強く念じても、お客さんの視線は収まるどころか更に熱く、私の胸を焦がしていく。

 私は耐え切れず、後ろに立つ城島くんに囁いた。


「城島くん、隣のレジでやってみて。分かんなかったら聞いてくれればいいから」

「わかりました」


 再び、ナックルウォークで隣のレジに移動する城島くん。見間違いじゃなかったと、震えながら目の前の会計をこなす私。

 予想通り、城島くんのレジには誰も並ばない。ただ不審者を見る目が隣のレジに注がれている。

 ごめん……見世物にしちゃって悪いけど、今はとにかくそこでじっとしてて。


「こちらのレジもどうぞ~」


 健気にも、行列に声をかける城島くん。一斉に、彼から目を背けるお客さん。

 居たたまれないぞこれ……と思いつつ会計を進めていると、突然聞いた事がない音が店内に響いた。


 ぽこっ、ぽこっ、ぽこっ、ぽこっ。


 その奇妙な音の羅列に、私だけでなく店内全員の目が奪われる。

 城島くんは両手を交互に胸に打ち付けながら、踊るようなドラミングを披露していた。

 思わずステップを踏みたくなるような軽快なリズムに、お客さんの視線が集中した事を確認すると、


「こちらのレジもどうぞ~!」


 性懲りもなく明るい声。そしてまた鳴り響くドラミングの音。

 その軽快なリズムの中、私もお客さんもただ黙って、笑ってはいけない会計を進めていくのだった。


* * *


 すっかり人がいなくなった店内で、私と城島くんはカウンターの中で一息ついていた。


「寺島先輩、今日は役に立てなくてすみませんでしたっ!」


 城島くんは勢いよく頭を下げてくる。健気だ。

 しかし、腰を折って前屈するその姿は……ダメだダメだ。私は何を考えている。

 確かに巨体で毛むくじゃらでつぶらな瞳の城島くんだけど、彼は人間だ。人間の範囲だ。

 すぐにそんな誤解、解く事ができるはずだ。


「あのさ、ちょっと質問してもいい?」

「はい」

「さっき隣のレジ行く時、四つん這いだったよね? あれじゃないと移動できないの?」

「やだなぁ、ちゃんと立って移動できますよ」

「あ、だよね」

「二メートルくらいなら」


 ……次の質問。


「城島くんの、好きな食べ物は?」

「繊維質の多い野菜系ですかね。他にも木の実とか、果物とか」

「えーと、バナナ。とかは?」

「あー、好きですよバナナ。でもウチの田舎じゃ、滅多に食べられないんですよ」

「え?」

「あとグンタイアリかな。たまに食べたくなりますよね」

「え?」

「こっちの人、食べないんですか? ウチが田舎だったからなあ」


 確かバナナは東南アジア原産で、アフリカなどの熱帯雨林地域では育たないと聞く。

 それよりも、グンタイアリの方が問題だ。でも田舎の方には虫を食べる風習もあるし……。

 そうだ、夢だ! 将来の夢を語ってくれれば分かる。人間の若者が見る夢だなって、確信が持てるはず!


「城島くんって、将来の夢とかある?」

「実は俺、憧れてる職業があって……」


 そう、それよ!

 プロ目指してるスポーツ選手とかバンドマンとか!

 練習ばっかでちょっと世間に疎いとか、そういう事なのねっ!


「コンビニ店員なんですけど」


 ツッコミたいところを、ぐっと堪える私。

 現代っ子は繊細。すぐ辞めちゃう。否定してはいけない、いけないのだ。


「それで俺いろんなコンビニいって、面接するたび、落とされて」


 そりゃまーあの奇行じゃね。二足歩行二メートルが限界だし、ドラミングしつこいし。


「でもここの店長さんは、そんな俺の夢を叶えてくれたんです」


 店長、ヤル気重視採用だからなあ。


「寺島先輩だって、こんな失敗ばっかの俺を見捨てず励ましてくれて……俺、もっと役に立ちたいんです。恩返し、したいんです!」


 つぶらな瞳から、涙の雫が落ちていく。

 城島くんは慌てて太い腕で顔をこすると、私に背を向け座り込んだ。

 城島くんと同じシフトに入って、彼の失敗で埋め尽くされた一日だったけれど――、彼と一緒にいて、一つだけ分かった事がある。


「私、城島くんが健気にがんばってる姿、カッコいいと思うよ」


 城島くんは、座ったまま振り向いた。つぶらな瞳が『本当ですか?』と訊いてくる。


「だからほら立って! 元気出して!」


 毛むくじゃらの腕を両手で抱え、城島くんを立たせる。


「城島くんは田舎育ちで世間知らずなところがあるから、もっと細かく教えてあげる。憧れのコンビニ店員になれたんだから、頑張んなよ。私だって待ち望んだ後輩が来てくれたんだから、頑張るよ!」

「寺島先輩……本当に俺なんかと一緒に、働いてくれるんですか?」


 ナックルウォークだのドラミングだの、そんなのコンビニ店員にとって些細な問題でしかない。

 ましてや人間かどうかなんて、バカバカしいにも程がある。

 だって。


「私が城島くんと、一緒に働きたいの!」

「それは……」


 つぶらな瞳に見つめられ、私の頬が紅潮する。


「群れに入れって事ですか?」

「違うわよ」

「ボス」

「ボスじゃないから」


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