金のないのは惨めなことだ。一年弱の成金生活でそんなことすら忘れていた。
大穴を当てたと自慢するバラックの仲間に貸してくれと頼んだら、しわくちゃの拳を突き出して歯の抜けた口元でにっこり微笑み、手を広げれば何もない……。ここの住人は甘くないわ~とほほ。
「だからちゃんと日雇いにいきなよって言ったのに!」
「さーせん」
見かねたマリアが
「お調子者の
日給一万二千円を超えたんだ調子にも乗るよな、
「普通のアパートに住んでたら即、追い出されてるよ? それにしても不思議よね。再開発できれいになったのにあの簡易宿舎だけは、ずっとあのままだなんて……」
まるで母親の小言のように心地よい。
「借られたら借り返す! 倍返しだ!」
マリアに約束し店を出た。腹はふくれたが所持金はゼロ。流石に借金は頼めない。
チャラン・チャリン・チャラコロコロリン
空から小銭が降ってきた。どうせなら千円貸してくれればいいのに……
いやはや、女の子は金にシビアである。数えたら……680円?
※
「久しぶりだね。ヒロユキ」と、
680円の答えはきっかり、元町中華街から池袋までの電車賃だった。
「いい豆を揃えてある。珈琲でもどうだ? それとも酒のほうがいいか?」
実際のところ俺はこの男についてはよくはしらない。ロンジョイの数少ない子飼いの部下で優秀だとの認識しかない。でも呼び出された理由はだいたい分かる。
「ボスを……「血の石」の正体を探っているそうだね」
ガビーーーンってほどじゃない。
2ヶ月間、辛抱してしびれを切らせた
「ええ、ちょっとした行きがかりで……」
「責めてるわけじゃない。我々も探しているからね……暗殺するために」
「ですよね~」
スーツを着た女性が珈琲を運んできた。事務員まで雇ってる? ちょっと驚いた。そして人払いがなされたようである。雑居ビルの他のテナントは叩き出され、ここは晴れてファミリーの所有となった。そして
「中国に『損の商売をする人はいなくても命がけの商売をする人はいる』なんて諺がある。皆、主導権を握りたくて危険を承知で人を増やす。……感づかれたら皆殺しになるっていうのにね。まあ、蛇の目の元来のスタンスは他者への無関心。そのおかげで、今はまだ首の皮一枚でつながってる状態だ」
「捜し物はみつかりませんか」
「皆目ね。だから弱っている。相手も所詮は人間だ。透明なカップの向こう側に――China In Your Hand―― 透けて見えると思っていた……もしヒロユキになにか手がかりがあるのなら是非、教えて貰いたいと今日、呼んだのだが……」
コーヒーの香りをゆったりと嗅いでいる。なぜかこの男には焦りが感じられない。
「二ヶ月這いずり回って成果なしです。
「語り継がれる【蛇の目】の妖術……か。死者の神格化はやっかいで、老人は過去を美化したがる。ふふ、
「んなわけないでしょ? いや俺も、ちらっとその気になったけど」
いくぶん冷めた珈琲を口元に運ぶ。いい豆なのか? 俺には見極める能力はない。
「同族同郷への憂いなのか祖国への思慕か……それまで平凡な男が突如アウトローの世界に身を投じた。皆の目の前で片目を抉り取り、改悛を叫び纏め上げた。それなりに美談ではあるけど、後から付け足された物語がひどい。結局のところ組織を大きくしたのも、真に恐ろしいのも、血の石なのだよ」
「
「ありえないね。確かに組織の出発点はあの狭隘なエリアだったのだろうが、それも大昔の話。そこにいるメリットは何もない。それより自分で調べてみて初めて自らが所属している組織がこれほど巨大でこれほど日本社会に浸潤していることに驚いた。でももっと驚いたのは金の流れ。世界中の数多あるマフィアでボスが無給とは……ね。ふふ、……探せないわけだ」
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【蝶の目】 【蝶の目】 +
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+ + + あれ? 冷静? +
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+ + この男の真意は?
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