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第79話 愚かなる血の石を探せ!⑩

 また世界から匂いが消えた。関帝廟が目の前にある。よし! 波寧ポーニン! 競争だ!


 赤ら顔の大男が、俺とマリアに向かって、真っ直ぐに歩いてくる。

 手に乾電池を握りしめていたが、あえて俺は回し蹴りを選択した。

 だが蹴りが届くその直前に、男は膝から崩れ落ち俯せに倒れ込む。


 ガクッ ズウゥーン ……あーあ、また負けちまった。


――――――――――――――――――――――――――――――



 俺は気まぐれに、港の見える丘公園に来ている。


 チャイナタウンを俯瞰から眺めるつもりでいたが、生憎とここからは見えない。

 まあ、気分転換には丁度いい。暑くもなく寒くもなく、風は透きとおった水色。

 遠くを走るタンカーの船尾から漂う白い泡をいつまでも目で追うことができた。


 池袋の会議から二ヶ月の歳月が流れた。カーネーションの季節。

 5月の母の日に贈られる花を、未だ一度も手にしたことはない。 


 俺は完全に追い詰められている。




 美紫メイズへの質問の角度を変えてみてもそうそう新しいヒントは得られない。エコーのように同じ内容を繰り返す。【蛇の目】と実際に対峙した人間の中で、彼女だけは【蛇の目】に魅入られていない。なぜなら、彼女が男の妻であったからだ。よくよく考えてみれば【蛇の目】からは一番遠い存在なのかもしれなかった。だから幾ら質問を繰り返してみても、それに関しては埒が明かない。街を隈無く歩きまわっても、羅森ラシンが調べ尽くした情報も、そのすべては無駄な徒労に終わった。


 打つ手なし。おまけに金も底をつく。




――――――――――――――――――――――――――――――


 私は生きている。それが一つの答えさ。【血の石】は【蛇の目】の信奉者だ。

 だから妻であった私が殺されずにいる。30年間、随分と目障りだったろうにね。

 私見を持たず【蛇の目】の思想を崇拝し、その男が愛したこの街のどこかにいる。


――――――――――――――――――――――――――――――



 いや……ヒント少なすぎだろ! 

 なんとなく簡単にみつかると思っちまったのが間違いだった。

 少し落ち着こう。

 過去を変えても、変わらない未来が、そこにあるだけだ。


 俺は港を背にして振り返り、南西の方角に手を合わせ祈った。

 ジュースを買う金もない。ぽてちん。




 ジャンファミリーは順調に拡大している。江さんの日給は一万になった。

 だけどそれと同じ速度で、俺たちは追い詰められている。


 ロンジョイは本来、複数形である。互いに才覚を発揮し競い合う。才覚とは単なるシノギの高ではない。いくら稼ごうが相応しくない人物は駆逐される。幹部の誰かに不満があれば、ロンジョイにその幹部が推すロンジョイがぶつけられる。


 だから数年かけた合議制による淘汰は、すでに終わっていることになる。

 現在のロンジョイは一人。いまボスの交代が起きれば(引退でも死亡でも)そいつの襟元には偽物のカラーバーが輝くことになる。交代できれば……



 【血の石】は動かない。引退の意思表示をすることはなく、ロンジョイに対抗する自前のロンジョイを立てるわけでもない。放置なのだ。




 港の見える丘公園のコンクリートの花壇の名もなき花に名もなき蝶が舞う。


 いや、名前はきっとあるはずだ。知らないだけで存在はそこにある。


 その名を呼べなければ、俺たちに、ただ惨殺が待っている。





――――――――――――――――――――――――――――――


 風が止んだ。匂いも消えた。関帝廟。今度こそ、波寧ポーニンに勝ってやる!

 シンプルに殴りにいく。乾電池を事前に握っているのだ。


 本編とは関係のないサイドストーリーを何度も繰り返す俺は、

 なんだかそうしないといられない。抱きつかれたいからじゃない。

 俺はマリアに褒められたいのだ。








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