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第75話 愚かなる血の石を探せ!⑥

 ハァハァ 朝一から歩きまわった。一見の観光客が物珍しそうに行きかう金曜日の中華街。フライデー・チャイナタウン。夜は騒がしくなるだろうから、そのまえに。

 俺は自分の根っこを持ったことがない。2年以上住んだこの街についてもちょっと詳しいパンフレット程度の知識しかない。猫しか通らない隙間も覗いてみた。

 そもそも興味がなかった。流れる木の葉は後ろを振り返らない。血の石はどうだ?




――――――――――――――――――――――――――――――


 空っぽだね。あの人はがらんどうだったよ。所帯を持っても、アウトローのボスになったって、あの人はいつも孤独だった。逃れられない孤独を抱え込んでいた。


――――――――――――――――――――――――――――――



 美紫メイズ。貴方の旦那への愚痴はこの際どうだっていい。

 問題はその空っぽの男が未来を悲観し失望して、どんな人間に次を託したのか。

 あんたはそいつがお人好しの凡人だと予想した。この街の中にいると予想する。

 30年間、探し続けたその結論は正しいのか。だって貴方は見つけられなかった。



 嘘ばっかりだった俺の人生にテーマが与えられたようだ。誰からも最終的に必要とされることはなかった。イブを誰かと過ごすなんて発想すらなかった人生。一般人の俺が非合法組織のボスを見つけ……多分その男は死ぬことになるだろう……なはは。相当に愉快だ。まったくの部外者の俺が、普通に生きていれば知ることもない現実と向き合う。なんの利害関係もなく誰かが死ぬために探し出す。間違った未来を正し、壊れた部品を取り変える。俺はそんなことのために歩いている。


 けれど雲を掴むような話だ。美紫メイズの予想が外れていればすべては徒労に終わる。

 池袋の呂雉リョチの例もあるから6千人を半分の3千人に安易に減らすことも出来ない。女性の可能性もある。30年前、生まれてなかったはずはないので年齢的には絞り込める。ただ、ご多分に漏れず少子化の日本だ。子供の数よりそれは圧倒的に多い。





 喉がひりひりとしてきた。義眼もごろごろと鳴っている。また卒倒して入院するのは得策じゃない。今日はこれくらいで勘弁しといてやる……か。




雪香シュエシャン! レディーじゃないけどレディース・ランチセットにして頂戴!」

 氷を入れたワインクーラーが届けられた。クゥ~。ストローで吸い込めば天国だ。



「ヒロユキ……無学な俺のこと馬鹿にしてるだろぉ」隣でジャンさんが叫ぶ。居たの?


「どした? 今日はボス業はお休みか? 何を怒ってるのよ?」


「日給が少なすぎる。出勤しないと日給も貰えない」


「いや知らんがな。ジャンさんは窟として参加していて条件は美紫メイズが決めたんだろ?」


偉大なる母なる大木マザーツリー・様はくたばった。俺はもうおりる。命が大事」


「いったいぜんたいどんな給与体系なんだよ?」


「メンバーひとりにつき100円」


「はぁ?」


「だから100円。いま60人だから日給六千円」




 ……60人? 見せかけじゃなく専属メンバーがもうそんな数になっているのか?

 予想以上に規模が大きくなっている。もう少ししたら蛇の目に隠し通せなくなる。



「よく考えろよ、ジャンさん。もしメンバーが600人になれば? 日給6万円だぞ」


「ホウヮ?」


「6千人で60万だ。いずれ横浜中華街が京都に、池袋が東京のような関係になる。そうなればボスは常駐になる。毎日貰えると、30日として月に1800万円。年収にすれば? メジャーに行った二刀流より稼げることになる」


「ホウヮ!!! 」



 ちょっとワインクーラーが旨すぎて酔っ払っているのかもしれない。

 低いアルコールでの酔いは多幸感を誘う。

 だけど俺の【蝶の目】には、そんな未来が案外にも真実として映るのだった。

















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