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第72話 愚かなる血の石を探せ!③

 つ・つつつつつ。頭が痛い。でももう、このワンパターンにも飽きた。


 なんで毎度々々、気絶して目を覚ませばもぐりの病院なんだ? 保険証はなくても国籍があるんだからまともな病院に連れて行けっての。……国籍……か。俺には国籍がある。いやあると信じたい。ゆく場所のなかった俺でも、大きな意味では恵まれていたのだろうか。そう思えば感謝だな。


 おしゃべりなもぐり医者はいない。ハンモックになれた体にも、糊のきいた清潔なシーツで覆われたベッドは、なんだか新鮮で心地よい。もう少し寝ていたい。夢と、うつつの狭間でゆらゆらと揺れていたい。




――――――――――――――――――――――――――――――


              「ホウヮ? 眼球が再生したのかと思ったよ……」

       「ホウヮ? 眼球が再生したのかと思ったよ……」

「ホウヮ? 眼球が再生したのかと思ったよ……」



「どういう風の吹き回しかね。私をデートにでも誘うつもりかい?」

「どういう風の吹き回しかね。…………………………………………」

「………………………………。私をデートにでも誘うつもりかい?」



「デートに誘うのは、これで4回目だ……」

 夕闇が忍び寄る。俺はサングラスを外す。嘘を見抜く目を大気に晒す。


「…………ホウヮ?」美紫メイズは目を丸くする。


「窟が異国の地で散った民族の墓でも、戦闘員養成機関でも、孤児院のような存在であったとしても、俺にはどうだっていい。だけど金は必要なんだろ? そして美紫メイズ、あんたは先行きを案じている。だから、池袋でやろうとしている計画には参加する。どうせ……ジャンさんを人質に、俺も巻き込むつもりなんだろう? ただし、あんたの見通しは甘い。呂雉リョチ……今回の抗争の首謀者を殺しても空いた池袋の砂場でのんびりトンネルなんか掘ってはいられない。すぐに反撃される。やがて警察も動く」


「クックッ、驚いた。見違えるようじゃないか、ヒロユキ。私はスイートかい?」


「ってか古いんだよ。窟の本当の場所を隠す用心深さも風水磁石がくるくる回るのも大昔の名残だろ? どっかにでっかい磁石でも埋まってんのか? 今やGPSで正確に位置がわかる世の中だ。時代は変化している。国家権力に食い込んでるのも蛇の目だけじゃない。今度こそヤン・クイを担いでイデオロギーで押してくる。本当の黒幕をそこで誕生させちまう。弱い者は狩られ、残りは殺し合う未来しかない」


「……………………神経症が、ずいぶんと悪化したようだねぇ」


「失礼な」


「馬鹿だねぇ。褒め言葉だよ。最高の褒め言葉だ。歴史にのこる英雄、偉人、大人物なんてのには、なにかを欠損した人間も多いんだ。たとえば恐怖心。失えば、戦車にだって飛び込んでいく。大抵は死ぬ。だけどごく希に。万人に一人。何も恐れないが故に、雪だるま式に権力を膨らませる人間が出現する。そして歴史に名を刻む」

 不思議な表情で、銘柄も解らぬ煙草を取り出し、美紫メイズは話し続けた。



「羞恥心。これも捨てれば成功の鍵さね。天井の鍵穴だって、○○突っ込んで開けちまう。罪悪感、慈悲、憐憫、良心、同情心。非人道的行為を鼻をかむようにできればこれも武器だ。理性で押さえ込むには限界がある。初めから無い状態が望ましいね」

 旨そうに最初の一服を吐き出した。


「変わったところでは猜疑心なんてのもある。部下を疑わないんだから寝首かかれるリスクはあるが、真実、首魁しゅかいに信頼されたと感じたら、人は命がけで働くもんだ。……そんな風に、人として大切なモノを欠損することで、天下を取った話はいくらもある。失うことも悪いばかりじゃない。おまえもだから片目を捨てたんだろう?」



(【蛇の目】の男の話か。あんまり聞きたくないな。自分の寿命を知るようで……)



「ヒロユキ。おまえは私を甘いと言った。その通りだよ。これでも女の子だからね。だけども、今回の騒動の首謀者を吊さないでどうやって事を納めるつもりさね?」



 質問には答えられずに、おれは周囲を見渡した。

 ここは本当に窟なのか? チャイナタウンなのか? 

 いつだ? 暑くもない。寒くもない。現実か? 空想か?



「おまえは特別な存在で、なにかしら特殊な能力があるとでも思っているのかい? それじゃ、ただの中二病さ。あの男と同じ。周囲が勝手に錯覚した。沈黙を深い思慮だと誤解し、拙速を情熱だと解釈した。ただの神経症の、冴えない男だったのにね」


「冴えない冴えないって、自分に言われているようで気分が悪い。その神経症の男がなんだって? 俺と同じく片目を潰した? そんだけ? そいつと俺とどこが似てるってんだ? 俺は正常だ! ほらほら、見てみろ。どこもおかしくなんかない。思い過ごしさ。神経症だって? 欠損? なんであんたにそんなことがわかるってんだ」



「それくらいなら分かるさ…………その男とは夫婦だったんだからね」
















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