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第63話 空白の池袋⑪

「ボスにならないと困る? ヒロユキ、週刊誌のアウトロー特集の読み過ぎだ。誰がなっても同じで碌なことはない。まあ、俺も若い頃は色々あったが、安心して眠れることの大切さが、この年になればわかるもんさ。縁が切れたのならもう関わるな」

 デイビスはそれだけ言うとタバコに手を伸ばした。candyキャンディーはタバコが嫌いなようであっかんべーして逃げていった。


「そう言えば、マリアちゃんが取材だって集会に来てたぞ。今夜は雪香シュエシャンの店に行くそうだ。アルバイト代をはずんでやるから一緒に飲みに行ってこい」


「今夜は無理かな~」


「キャバクラか? そんなもんに金を使うなら……まあいい。今日は助かった」


 黄昏が灰色に変わり風が冷たくなってきた。


「ヒロユキ~地獄に落ちろ~」

 マジックハンドをニギニギ、candyキャンディーが玄関先まで送ってくれる。





 池袋には行かない。ひも野郎が暴れているはずだ。今夜、ヤン・クイに客が付く。

 生きるにおいて、それが残酷な行為であろうともそこに至るなにかが、なにかしらの慰めになることは確かである。けれど、それは見ていて気持ちのいい物じゃない。

 それと蛇の目の本格進出が決まり、俺は一応お役御免となった。旗印のジャンさんを残して言わば自由参加の立場だ。加えて青木と羅森ラシンを会わせることで窟との取引からも手を引くことにした。俺は金の卵を産む鶏を殺した。




 駆けだした電車の中で、中華街を振り返り考える。この街は確かに俺を受け入れてくれた。生き場所のなかった屑が勝手にこの街の片隅につかの間、落ち着いただけのことだけれども、そこには理屈じゃないなにかがあった。


 日本人街、韓国人街、イタリア人街が世界に広がることはない。なにが『街 』の『強さ』なのか。その秘密は俺になどわからない。かつてここは、安価で美味な食を足掛かりに……異国の地で暮らすための武器として……その国に溶け込みながら、絆を保持し、強いコミュニティをつくりあげた。皆、生きるために必死だった。


 俺みたいな野良犬を抱え込む包容力があった。


 バラックで癒やされた孤独も嘘だったわけではない。


 だけれどもそれも過渡期だ。時代は変わる。街は変わりゆく。


 様々な事情を抱え海外に飛び出した華人の、新たな挑戦の舞台となる。






 車窓の景色が変わった。ふと俺は我に返った。たった一日、店番をしている間に、どういうわけだか老成したような感覚があった。世間的には二十歳なれば大人だろうけれど、根を持たない俺がなにを空想しようともそこに核となるものはなにもない。

 老華僑と新華僑はすでに交わり対峙し、なにかが起こり変わろうとしようとも、俺は変わらず片隅で生きていくだけだ。それはいつでも他人事に過ぎない。



 電車はモーター音を響かせ新宿に向かう。そろそろ、焼きそばの口になっていた。
















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