白昼夢?
キャンディー貿易商会の玄関から土間奥まで差し込む陽の目が、俺を外界から隔絶する巨大な繭の白い壁に思えた。精神を覆う膜。なんだ? たった今の感覚は……
映画フィルムの1秒24コマを一枚はがし関係のないシーンに張り替えたような。
生やさしい。パラパラ漫画で、でたらめに順番をシャッフルしてしまったような。
もっと絶望的な何か。記憶の組み込みや欠損ではなく神の啓示でもない……何か。
仮に、俺が駅前の辻占い程度には未来に対する感応能力があったとしよう。相手の動きをゆっくりとスローモーションに感じたとしよう。それは相手の行動を先に予測していると言い換えることもできる。相手が嘘を付いているか、真実か、見極めれる能力もそれに付随して可能だったとしよう。
……だけれども、それはそうだとしても、時間は絶対に巻き戻らない。
ロンジョイの訪問に動揺しない自分を客観的に見つめていた俺がいた。と同時に、
ロンジョイの訪問を事前に知っていた俺がいる。
今日。俺が、日がな一日、キャンディー貿易商会の店番をしている一日において、
池袋の夜が、一枚差し込まれた?
……自分が自分ではなくなっていくようだ。
変わってしまうのならば、それは果たして俺、なのだろうか?
「ヒロユキ~どうしたの頭痛いの?」
「ん? なんでもないよ。売り上げあがりすぎて目眩がしただけ」
「ヒロユキ! 超すごい!」マジックハンドが喜んでいる。
「なんとなくだ。なんとなくお客の顔を見ていたら買いそうな品物がわかるんだ」
「ふ~ん?」
中華街と池袋を何度も行き来した。ふたつの世界は干渉し合うことがない。
異界と異界。はたまた現世と現世。精神は混ぜ返されて混沌となってゆく。
だが
そもそも俺はどうしてこんなことをしてるのか?
ヤン・クイに惚れているわけではない。確かに恩義はあるけれども、数少ない俺が生きている結節点ではあるだろうけれど、それが今の俺の行動の説明にはならない。
彼女は自由になるべきだ。……だが政治犯? かごの鳥? そんな大それた何かを俺がどうこうできるともしようとも思ってはいない。
池袋の強行は、元から俺の中に眠っていた攻撃性の発露なのか?
そんなことはない。いつだって俺は都会の片隅で暴力におびえていた。
金がないことに失望してた。仲間も恋人もいなかった。どんな責任も重荷も……
不信だ。信じていなかった。いつだって。だけど誰かを傷つけたいとは思わない。
本当にそうか? だったらどうして
ヤン・クイに客がつく夜、池袋で暴れ回る蒼い目は哀れでさえあるはずだ。
いつかは殺人も起こる。それをするのは俺ではなくマフィアだろうけれど……
そんな結末は予知能力なんかなくとも、容易に見当が付く。なのにどうして。
「ご褒美にお茶をいれてあげる」
「頑張ったんだから、一番上等の中国茶にしてくれよ?」
俺はほほえんだ。
やはり偶然だ。いつも俺は逃げてきた。
関係性さえなければ、悲しみもやってこない。
だから逃げてきた。あれは予知ではなくハプニングだった。
俺は一人の少女の命を救った。落下してくる少女を受け止めた。けれど……
俺は濁ったのか? 神から与えられた啓示、そこに打算はなかっただろうか?
新聞記事は偽物で、あの男は生きている。だが……手がかりはない。
向かうべき道がない。だからか? どこに向かおうとしてる? 俺の安寧と平和。
そして……たった一日、店番をしている間に、またフィルムが差し込まれた。