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第54話 空白の池袋②

 【ジャンファミリー】

 池袋界隈の一斉摘発の後に忽然と現れた不良グループ。推定60名。

 ボスであるジャンはエイの腹のような顔をしている以外、素性その他すべてが謎。

 広東ぱん、福建幇、近年増加中の東北三省出身のいずれでもなく、また台湾系でもない。暴力に巧みで常に複数の手下を従え、池袋を中心に暴れ回っている。

 メンバーには日本人や中東系も含まれる。


 ………………ウィキペディアに掲載するならこんな感じか?






「はぁ~ねみぃ~」

 俺は昼間っから雪香シュエシャンの店の大理石のテーブルに突っ伏した。


「おつかれねぇ。私も疲れてる~。なに? 夜の日雇いの仕事そんなに辛いの?」

 マリアは点心をほおばり頬を膨らませている。


「ん? まあ肉体労働みたいなもんだよ。走り回ったり重たいもの振り回したり……マリアちゃんも仕事大変?」

「うーん。とにかくスポンサー廻りとミニコミ誌を設置してくれるお店に飛び込みで営業ばっかりかな。シッシッって追い返されるから精神的に病む~。いつになったら記事を書かせて貰えることやら、とほほ」

 その割には食欲旺盛で、またひとつ点心をほおばった。



 中華街は街全体が活気を帯びている。間近に迫った春節に熱をはらみ、心躍らせていた。先日に起こった放火殺人と言う不吉をかき消そうとしている。

 みんなもう忘れたいのだ。その気持ちは痛いほどわかる。


 龍舞の練習をしていた高校生も過酷な室内練習に切り替わったようで、これ幸い、広場では子供達がサッカー遊びをしている。大陸系の高校生も台湾系の高校生も妙技を競い合うために当日に備えていることだろう。共演が楽しみだ。



 池袋の強行が嘘のように平和な中華街の昼下がり。俺には余り現実味がない。

 池袋を出ると新宿で足取りを完全に消し俺たちはそれぞれのねぐらへと帰る。

 やさ(住居)を探られることがなければ、我が身と身内の安全は確保される。


 だから中華街にいるときはそんなのが嘘で夢みたいで、池袋にいるときは中華街での平穏がまるでかりそめの虚構のようだった。ふたつの人生を歩んでいる気分。



「あの人……かっこいいのにサッカー下手ねぇ」

 マリアは広場を眺めて溜息交じりにぽつりと言った。食事も終わって、今はデザートをほおばっている。最近、この店ではイタリア菓子まで作っている。孫がメニューに迷走中なのだ。

 広場に視線を送る。美しいルビーが目に映る。


 俺は右手を挙げた。差し入れを持って行くことにする。本場イタリアンマフィアもうっとりクリームたっぷり「カンノーロ」とホットチョコレート。ひも野郎への嫌みも込めて……






「姉さんっ! お勤めご苦労さんです!」

 春節を目前に控え、ヤン・クイは釈放されたのだった。俺は差し入れを側に置き、中腰で渡世人のポーズを取った。


「からかってるならひっぱたくよ、ヒロユキ。こっちもわけがわからないんだから。いまさら私をで引っ張るなんて……警察もなにを考えてるんだか?」

 ヤン・クイは子供達とサッカーに興じるひも野郎にちいさく手を振った。



「彼氏さん、サッカー下手っすね」

「運動神経は良いんだけどね。球技は不得意なのよ、あの人」

 小学生に股抜きされて、ひも野郎が顔を真っ赤にして地団駄を踏んでいる。



 国籍もない青い目のスタローンはいったいどんな過酷な事情で日本のしかも中華街なんかに身を置くことになったのか? 


「あれ? また髪の毛に消しゴムのカスとか柿ピーのピーが入ってるっ! なに? 最近なにもかもついてない。私も焼きが回ったねぇ」

(ごめんなさい。それたぶん俺のせいです……)


「警察に捕まってからなにか変わったことはないですか?」

「うん? いままでと変わりないよ。なぜだか24時間、スネークアイの監視は一人つくことになったけどねぇ」

 ヤン・クイが首をかしげる。

 マフィアの監視は目の前でサッカーをやっている。つまりすべてが今までどおり。


 日本で日本人の両親から生まれてたとしても「無戸籍日本人」は一万人以上いる。

 ましてや密航者ならばその数は莫大な数字だろう。

 それぞれの事情は俺にはわからない。別段、知りたいとも思わない。

 俺もただ流されてこれまで生きてきた。

 だけれども、ひも野郎のことでひとつだけ誤解をしていた……



 このウスラトンカチは、彼女と一緒にいるためにマフィアとなったのだった。
















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