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第48話 ルビー&サファイア物語⑦

:午後11時半頃、神奈川県横浜市中区山下町〇丁目×〇の「神仙飯店」から出火、4階建ての建物が全焼した。火は周囲にも燃え広がり一時騒然となるが約2時間後に鎮火。男性8人、女性1人が病院に搬送されこの内6人が死亡。3人は喉などに火傷を負ったが命に別条はないという。消防によると普段は使用しない固形燃料の保管所から一気に火が燃えあがったとのこと。なお住み込みの授業員2名の消息……:



「おほぅ。年末だってぇのにどえらいことやってくれたな。正月祝うのに旧暦も新暦もないだろうに気合いが入ってる……おもしろくなってきたぞ」

 鉄玉は新聞を舐めるように眺めている。


「おもしろい? 懇意にしている蛇の目の縄張りがやられたんだ。あんたらだって、影響があるんじゃないのか」

「はぁ? 冗談だろ。確かに100年から続く老舗だから俺たちと棲み分けができているってだけで、蛇の目は一応、話が通じる相手に過ぎない。仲良しこよしのわけがないだろ? いやぁ、本気の抗争ってのは外野にはこれほど楽しいゲームはないぜ」

「…………」

「将棋みたいなもんさ。単なる力比べじゃない知的なシミュレーションゲーム。この一件で、日頃は単独行動のカブトムシのおっさんの指揮下に、200人ほど付いた。どこから湧いてくるんだか? 流石は身内からロンジョイと呼ばれるだけある」

「ロンジョイ? それがあの人の名前か?」

「ん? 違う違う……皇太子つうと大げさか。俺たちで言うところの若頭。つまり、次のボスだと奴らの中では認識されてるわけよ。なんで、通称、ロンジョイだ」


 ……次のボス?

 確かにあの男にはなにやらそれらしき素養が備わっているように見える。


「戦力は圧倒的にスネークアイ優位。だが、観光で食っている地元では派手な抗争は避けたい。かと言って、相手のテリトリーで戦うのも不利。今どき大人数のカチ込みなんざ警察が黙ってない。横浜VS池袋で新宿がどうでるか。耳を澄ませてみろ? この界隈の新華僑もざわついてる。海外に飛び出したチャイニーズの拠り所ってのはな、ヒロユキ。イデオロギーなんてものよりパパンがパンのぱんがベースだ。同業・同郷・同族の結束。そこが一番の勘所で、それは裏の世界でも同じこと。誰が味方で、誰が敵か、外からはなにもかも不透明……どうだおもしろいだろ?」


 話だけならおもしろい……不謹慎だが。

 だけどおもしろがってる場合ではない。ニュースではなにも報じられていないが、中華街全体がピリついている。マフィア同士、勝手にやってくれとも言い難い。



「手釣りのヤリイカ貰ったんだがどうする? ノーマルの焼きそばにするか、ゲソとワタ入れてブランディーで仕上げるか?」

「イカ入り!」

「同じく!」

「おし! 刺身は別料金なっ!」


 だけど日常はそれを飛越ひえつする。それがただれた日常だとしても。

 耳を澄ませても華僑のざわめきが聞こえてくるはずもない。

 年末相応に慌ただしいが、それも俺の知ったことじゃない。


「案件の量が増えてきたけど……死んだ人間の周辺を調べるのはなんで?」

「文句言うな。仕事が増えて結構なことだろ? 地道に利益確保しながらデカいのも狙う。商売としては理想的。それとスネークアイに一々話を通す必要もなくなった。あいつ等は今それどころじゃない。頃合いを見計らって適当に支払えばいい。実権を握るのが別組織になれば、金が無駄になるからな」

 鉄玉はなぜだかやたらと上機嫌だ。



 とんっとんっ。


「あいよ。超特製、イカ焼きそば」

 日常がやってきた。濃厚なワタの風味が口中に広がり舌に絡みつく。特有の臭みはブランディーで飛ばしたのか、微塵も感じられない。どこにこんな旨みが隠れているのだろう、甘辛いソースに負けず、ゲソが主役を張っている。


「まあでも、知り合いに詳しく話を聞いても日本人の俺にはよくわからん部分もあるな。ビルを全焼させ一般人を殺して全面戦争になろうって直中ただなかに、売春婦を一人、取り合おうってんだから……」

 鉄玉は、ぽつりとそう言った。













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