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第47話 ルビー&サファイア物語⑥

 カシャン。 カシャン。  カシャン。


 デイビスの最後の言葉に、それほど深い意味はない。

 ただ単純に最近の俺の様子を心配しての言葉なのだ。


 カシャン。 カシャン。  カシャン。



 けれど俺にとってはなにかとても重要な意味があったようだ。

 自分でも上手く説明できないが、小説の切りのいいところまで読み進めたような、噛み合っていなかった歯車がようやっと嵌まり回りだしたような……カシャン。 


 もはや、狂っちまった自分の肉体と精神の変調に驚きもしない。

 だがそこには、安堵がある。無事につつがなく仕舞までやり終えたような。

 人には守るべき優先順位があり、窮地になればより大切なものを選ぶ。

 少なくとも自分の身近な、大切な人間には、何も起こらなかった?


 それは酔っ払ったマリアを送ることで、直接的にマリアを救ったのか? それともセリフを引き出したデイビスか? はたまたcandyキャンディーなのか?


 わかる。俺の中にどういった方程式が組み込まれているのかは知らないが、正解を導き出した確証の赤い花丸だけはそこにある。


 昼間からの行動はすべてデイビスからさっきの言葉を導くため……カシャン。


 カシャ。カシャ。カシャ。……あの少女はいない。


 追跡者はタクシーに乗る金を持っていない。


 俺は少女に見つからず何かしたのか?





 地面から這い上がる寒さに足が震え、その場に座り込む。同時に、底知れぬ疲れが襲ってきた。何度も何度も何度も反復を繰り返したような、けだるい疲労感だった。


「どうしたヒロユキ?」

「いやなんでもない。寒くなってきたから早く帰ろう」



 ……やっぱり俺は狂っている。自分の思考なのにまるで他人の様。

 いや、そうは思いたくはない。あれだけ飲んだのだ。酔っていないはずがない。

 そうだ。これはアルコールによる昏迷なのだ。一晩、寝れば綺麗に忘れちまう。


 こんな俺にそんな大層なことが起きるはずがない。取り柄はないが、誰にも気兼ねせずへらへらと生きてきた。せいぜい薄っぺらい羽を広げて相手と比べ、勘違いするのが関の山だ。そうだ。だからマフィアや窟やデイビスと平然と付き合ってられる。そう、俺はいつものお調子者。修羅場もくぐったことがない、相変わらずのチンケな男だ。そうに違いない。




 そのままデイビスにバラックまで送って貰った。早く眠りたかった。


 だけど、俺のハンモックにはジャンさんが寝ていた。

 余りの寒さに仕方なし、誰かが助けたのだろう。

 ただし手癖の悪さは知れ渡ってるので両手を縛られている。

 俺はクスッと笑った。

 ぐーすかぴーすか寝てやがる。

 そのまま近くの壁に背を押しつけて膝を抱えた。

 猛烈な睡魔が津波のように押し寄せてくる……








 漆黒。


『やっはり気が引けるなぁ――いまさら言ってもしゃあねぇだろ――オーナーいい人だからよぅ――同郷のぱんってわけでもあるまい。ちょこっと燃やすだけだ――外のゴミ箱でも燃やそうぜ――蛇の目も警察もうじゃうじゃいる。見つかって捕まるのがオチだ。内側から狙うしかねえ。その為に三ヶ月働いたんだ――でもよう、オーナーいい人だからよぅ――たいして燃えるものなんてありゃしない。それに夜回りがいるんだ逆にすぐ見つかる。外から火をつけるのと同じだ。小火で済む――ロンジョイを襲って殺した方が早いんじゃねぇか?――ばーか。あいつを殺したって次のロンジョイが現れるだけだ――でもよ~この街には窟もあるじゃねぇか。なんか気が引けるんだよ――やつらが敵対するってのなら仕方ねぇ。俺だって気が引けるがよ、人数も組織力も蛇の目にはかなわねぇんだ。政治にもヤクザにもパイプがある。おまけに誰がボスかもわからねえんじゃ、嫌がらせを続けてボスを引きずり出すしかねえんだよ――本当にちょろっと?――ああ、ちょいとびびらせて俺たちは逃げるだけさ』















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