カシャン。 カシャン。 カシャン。
デイビスの最後の言葉に、それほど深い意味はない。
ただ単純に最近の俺の様子を心配しての言葉なのだ。
カシャン。 カシャン。 カシャン。
けれど俺にとってはなにかとても重要な意味があったようだ。
自分でも上手く説明できないが、小説の切りのいいところまで読み進めたような、噛み合っていなかった歯車がようやっと嵌まり回りだしたような……カシャン。
もはや、狂っちまった自分の肉体と精神の変調に驚きもしない。
だがそこには、安堵がある。無事につつがなく仕舞までやり終えたような。
人には守るべき優先順位があり、窮地になればより大切なものを選ぶ。
少なくとも自分の身近な、大切な人間には、何も起こらなかった?
それは酔っ払ったマリアを送ることで、直接的にマリアを救ったのか? それともセリフを引き出したデイビスか? はたまた
わかる。俺の中にどういった方程式が組み込まれているのかは知らないが、正解を導き出した確証の赤い花丸だけはそこにある。
昼間からの行動はすべてデイビスからさっきの言葉を導くため……カシャン。
カシャ。カシャ。カシャ。……あの少女はいない。
追跡者はタクシーに乗る金を持っていない。
俺は少女に見つからず何かしたのか?
地面から這い上がる寒さに足が震え、その場に座り込む。同時に、底知れぬ疲れが襲ってきた。何度も何度も何度も反復を繰り返したような、けだるい疲労感だった。
「どうしたヒロユキ?」
「いやなんでもない。寒くなってきたから早く帰ろう」
……やっぱり俺は狂っている。自分の思考なのにまるで他人の様。
いや、そうは思いたくはない。あれだけ飲んだのだ。酔っていないはずがない。
そうだ。これはアルコールによる昏迷なのだ。一晩、寝れば綺麗に忘れちまう。
こんな俺にそんな大層なことが起きるはずがない。取り柄はないが、誰にも気兼ねせずへらへらと生きてきた。せいぜい薄っぺらい羽を広げて相手と比べ、勘違いするのが関の山だ。そうだ。だからマフィアや窟やデイビスと平然と付き合ってられる。そう、俺はいつものお調子者。修羅場もくぐったことがない、相変わらずのチンケな男だ。そうに違いない。
そのままデイビスにバラックまで送って貰った。早く眠りたかった。
だけど、俺のハンモックには
余りの寒さに仕方なし、誰かが助けたのだろう。
ただし手癖の悪さは知れ渡ってるので両手を縛られている。
俺はクスッと笑った。
ぐーすかぴーすか寝てやがる。
そのまま近くの壁に背を押しつけて膝を抱えた。
猛烈な睡魔が津波のように押し寄せてくる……
※
漆黒。
『やっはり気が引けるなぁ――いまさら言ってもしゃあねぇだろ――オーナーいい人だからよぅ――同郷の