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第45話 ルビー&サファイア物語④


      誤               正


 酔拳コース 2800円。 →→→ 酔拳コース 2300円。


 酒仙コース 3500円。 →→→ 酒仙コース 2700円。


              →→→ 土日、祝日のみ    





 雪香シュエシャンから訂正されたメニューが届いた。俺がとやかく言ったからだ。

 シュルルルル。俺はメニュー内容を眼球に吸い出し、構成要素を瞬時に分析する。

 ふむ。店の利益確保とマリアの財政破綻を回避するバランスの取れた変更だろう。

 俺が OK のサインを送ると雪香シュエシャンうやうやしくメニューを受け取り、敬礼して、ガチョウ足行進で厨房に帰っていく。


 さて、かれこれ8時間以上、飲んでいる計算になるが……


 ジャンさんとマリアはへべれけのおっぺけぺえになってる。で、料金はこの前マリアから渡された封筒の中身が空になるほどの額になった。

(単品で飲み過ぎた……こんなことならセットメニューにすればよかった)


 なぜだか俺だけ素面しらふに近い。

 ふわふわと気分良くはあるが極めて意識は明瞭。それがなんとも不思議だった。


 ジャンさんは放って置くにしてもマリアは俺が送っていったほうがいいだろう。


「大丈夫だってぇ。茨城の女は酒が強いんだからぁ 」

「いや……喋り方が相当なまってるし……送っていくのは多分、送っていく必要性があるからだと思う。送っていく必要がないなら恐らくは送ってはいかないだろう」

「哲学? ヒロユキ君って意外に紳士っちゃねぇ」


 俺とマリアが店を後にすると雪香シュエシャンが、ジャンさんの尻を蹴っ飛ばして追い出している。ジャンさんはフラフラと立ち上がり、バラックのハンモックで寝ようと中に入るがまた追い出されて、尻を蹴られて路上で寝てしまった。日頃の行いは大切なのだ。

 ……肝に命じよう。



 まだ見たことがないと言うので、すこし遠回りして夜のライトアップされた関帝廟に向かう。中には入らず階段の下から手を合わせる。三国志で有名な関羽を神格化し祭ったもので、横浜中華街はおろか世界中のチャイナタウンの謂わば象徴でもある。


「中華街っておもしろいよね。夜はとっても赤くて暖かい。横浜は下町と山手と魅力的なビルが満載のみなとみらい21……想像したら雑誌の仕事がいまから楽しみ」

 まともに働いたことがない俺にとっては遠い話だった。正直、マリアが羨ましい。



「きゃっ!」「なんだよあれ……」「誰か警察呼べよ! 」

 ん? なんだか観光客が集まるエリアが騒がしい。


 見れば190センチはあろうかという大男が赤ら顔で周囲をにらみ付けている。

 バッドトリップ? おいおい、いまどきなんだってんだよ……


 男は溜まった不満を今にも爆発しかねない形相を浮かべ、誰彼無しに突っかかっている。女性を突き飛ばし、更に近くにいる少年を蹴ろうとして逃げられ、空振りしたその拍子にくるりと一周して俺と目があってしまう。こういうの多いよな……俺。


 仲の良いカップルにでも見られたのだろうか? 俺とマリアに向かって真っ直ぐに歩いてくる。やばいくらいに何が起こってるのかわからない。どうするどうする?


 ガクッ ズウゥーン。


 だがその男は、俺たちに辿り着く前に膝から崩れ落ち、うつぶせに倒れ込んだ。


「なに!?」

 同時に声が出る。


 気がつけばマリアのふとももが俺の足に絡みついていた。









「パパ~ぁ。ヒロユキが私のおっぱいさわったぁ」


「こら、candyキャンディー! そういう洒落にならない冗談はやめてくれ」


「ははは。ヒロユキが珍しく女の子つれてるから焼きもち焼いてるんだろ」


 突然のハプニングで酔いが回りマリアが歩けなくなったので、デイビスに車で送って貰うことになった。車は高架下をくぐり、岩をくり抜いたトンネルを抜け、馬力を上げつつ、丘陵を駆け登ってゆく。


「酔っ払った女の子をそのまま送るってのは、ヒロユキは紳士だな」

「この子はそんなんじゃねぇよ。友達だ。年明けからこっちで働くことになったから前祝い……」

「シンシ・シンシ・シンシナティ・レッズ♪ 広島東洋カープと帽子が一緒♪」


 高台から見下ろすと、まるでそこだけクッキーの型抜きがされたみたいだ。

 横浜の街は、海岸線を基準に平行または直角に道が作られてあるが、中華街だけは斜め45度傾いている。つまり言い換えれば、そこだけ東西南北にきっちり正対して存在しているとも言える。それは偶然ではあるけれども、風水を尊ぶ人間とすれば、やはり特別な意味をもつ。


 そして……俺にとってもこの街はもう、特別な存在となってそこにあるのだった。

















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