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第41話 ただいまの現状分析

「ヒロユキ。この間は申し訳なかった」

「それはいいよ。無事に逃げられたから」


 今回は定食屋ではなく、事務所に招かれていた。雑居ビルではあるが、なかなかに立派で清潔感があり調度品も豪勢で思っていた印象とはまるで違う。大手の暴力団の下請け、孫請けのはずだが、鉄玉はこの空間の所謂、ボスという位置づけにある。


「なんだか……真っ直ぐ両目で見詰められると変な感じだな。いいんじゃないか? 怯んだ人間は目をそらせちまう。それならどんな相手にだって……ぷっ」

 俺は義眼はそのままに、生きている目を明後日の方向に向けた。丁度、ひょっとこのお面のような顔になっているはずだ。


「おい、笑わせるな。ここじゃ組員の手前があるから威厳を示さなくちゃならねぇ。で、仕事はこれまで通りでいいんだな?」

「ああ、なにも変わりないよ。ただし、この前の学生連中は解放して欲しい」

「ふーん。素人は素人でなにかと使い勝手がいいんだが……あいつらは青木が弱みを握ってる手駒だから青木次第だな……どうする、青木? おまえには仲間ほっといて逃げ出した負い目もあるしなぁ」

 負い目? そう言った本人が警報の鳴り出した瞬間、アクセルを踏んでいただろうによくも言えたものだと感心する。いや、その場に居たかどうかさえ疑わしい。

 まあそれも至極当然。頭の良い人間はリスクを冒さない。そんなのは善人にも悪人にもなりきれない、心の天秤をフラフラとさせている半端者のやることだ。


「俺に異存はありません」

 既に言い含められていたのだろう。目に敵意を浮かべることもなく青木は答えた。

 この男の天秤は揺れてはいないが、やはり鉄玉のことは恐ろしい存在らしい。









「ヒロユキ。この間は申し訳なかった」

「それはいいよ。無事に逃げられたから」


 羅森ラシンは相変わらずの無表情だ。でも意外にこの男は感情の起伏が激しくお調子者の一面がある。現状維持を嫌い行動して失敗するタイプ。そんな風に今の俺には見えている。

 義眼のコスト、と……

 暗証番号を聞き出す為に人をさらって、怪しいお香でも嗅がせたか? 

 その費用も馬鹿にならなかったはずで、今回は大赤字だろう。


「ん? 17年前に死亡した男の調査? なんだこれは?」

「さぁてね。昔、ヤクザの金庫番をやっていた男らしい。隠し財産でもあるのかも。そっちは継続で週ごとに払うってよ」

「……まあ、いいだろう。相場だ。ところでヒロユキ。仕事はこれまで通りでいいんだな?」

「ああ、なにも変わりないよ」


 そこも当てが外れたのだろう。羅森ラシンは俺のことは不要と考えた。直接取引すれば、尚且つ、スネークアイの中抜きがなければより儲かると想定した。

 だが鉄玉は、頑なに窟との接触をさけようとしている。そこが誤算だ。

 うまくゆけば鉄玉の依頼は元より、同じような仕事を手広くやって稼ぎたかったのだろうが……お生憎様。



「糸口がなくなりヒロユキに関しては手助けが出来なくなった。大丈夫か?」

「一時は婚約破棄されたOLみたいに泣き明かしたよ。だけどまぁ、人生なるようにしかならない。やっぱ食っていかなきゃね……じゃ、仕事の方はよろしく」


 俺はチェキの手をして立ち去った。

 嘘おっしゃい……ビルへの侵入も俺の為ではなく、なにか思惑があったんだろ?

 そして……


 カシャ! カシャ! カシャ! 

 確かに盲点だ。誰も童女に尾行されているなどと、まさか考えない。けれど手品の種がわかってしまえば、いかに優秀な追跡者であろうとスローモーションと同じで、容易に捉えることが可能。カシャ! なんてったって、相手は自分のことをアイドルみたいに常に見つめているのだから……



 華僑さえ凌ぐ窟の情報収集能力の秘密が――子供を利用する――そんな処にあるとは誰も気づかないはずだ。だがそこは黙っておくのがお互いの得になる。それに監視の目は少々煩わしくとも、どうやら青竜刀で襲われた夜、助かったのは偶然などではない。かわい子ちゃんが知らせてくれたおかげ……悪いことばかりでもなさそうだ。


 さらにガキンチョとは言え、四六時中張りつかせるコストを支払うのは裏を返せばこんな俺に何らかの価値を見いだしている証拠でもある。


 それは俺を切り離そうとした羅森ラシンではあり得ない。つまり……美紫メイズに惚れられちゃたのか? それは冗談として……どうもそこだけは引っかかる。



 ……現状の分析。それは如何なるときにも大切なこと。





















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