「これは素晴らしくよく出来てる。手術をした私でさえ右か左かまったくわからん。まるで※※※※のようだ。※※※※※※※※※※※※とはちょっとびっくりだがな。中国にこんな言い伝えがある。※※※するのは※※※※ってな」
もぐり医者が捲し立てる言葉をもぐりの看護師が通訳している。スケベな与太話は省略してくれるので極めてスムーズなやりとりだ。
「先生。そっちの話はいいからさ」
「ふむ、そうだな。人間の情緒なんてのはそもそも不安定なものだ。陽気になったりイライラしたり。自信満々かと思えば緊張してミスを連発。おっさんがめそめそしたってなにも恥ずかしいことじゃない。逆に女性でも昨夜までは※※※※※してたのに急に※※※で、挙げ句の果てに※※※だったりするもんだ」
「そういうことじゃなくてさ」
「記憶の欠損やらか……。しかし三ヶ月前あんなことがあったんだ。少々、精神的に追い詰められても当然だろう。逆にいままで尻込みをしていた事に竦まずに対処するってのは、おまえさんは眼球をくり抜くことで男としてひと皮むけた証拠で、※※※みたいにな。朝はどうだ? 朝、びんびんに※※※※※ようなら心配いらない」
もぐりの看護師が顔をしかめている。それだけ語学が堪能なら、転職した方が稼げますよ? ……ま、いろいろと事情があるのだろう。
年末の寒空に太陽が昇っていた。中華街は旧暦の正月である春節を盛大に祝うのでこの時期でもそれほど慌ただしくはない。なんてことはない昼下がりである。
「心配ならまともな病院に行け。日本の医療は世界最高。若いから心配はいらないと思うが脳腫瘍だとか……おまえは手配師にダマされて原発で働かされたなんてことはないか? 原発がどかーんといった日にはバラックから何人も連れて行かれた。原発性低髄圧症やらだと
「……脳の内圧」
唯一の手がかりを失い、俺は洗脳だとかマインドコントロールだとか刷り込みだとかではなく、もっと物理的な変成を疑っていた。情緒不安定とは一線を画すなにかが俺に起きている。それさえなんとかすれば俺は助かるのではないだろうかと。
伝説の狼男は月を見て変貌する。それは満ち欠けによる引力の変化が人体に与える影響を図らずも暗示している。そういったニュアンスなのではあるまいか。脳が圧迫され、または減圧され、記憶がまばらとなり、人格にも変化が及ぶ……飲めない酒を飲みたがるようになったのもそのせいか?
「それよりまぁ、聞いてくれよ。この間、前から気になって気になって仕方なかった
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※」
「
「二つの質問の答えは一つだ。あいつがマフィアってだけの理由さ」
「そりゃまあ、まごうことなきマフィアだけど」
「いいかい少年。どんな笑顔をしようと信頼に足る人物に思えても、盗っ人は泥棒の始まりで、チンピラヤクザはチ※カスヤクザ。マフィアなんてのも所詮、マフィアでしかない。泣かされる人がその影に必ずある。だから茨の棘で撫でるようにあいつに常に認識させてる。おまえはマフィアだ、調子に乗るなとな。だけどあいつは決して私を殴らない。メリットがある。注射一本で助かる病気だとしても正規の医者にかかれない人間がいる。それがメリットの正体で、だから殴らない。それだけのこと」
……まじで看護師さん、その卓越した通訳能力を余所で生かそうぜ。ったく。切れのいいカーブを投げてなにげに俺に説教かましてやがるな? このもぐり医者が……そもそもおまえが非合法じゃねぇかっ! ま、腕はいいけどさ。
言われなくたってそんなことは十二分にわかってる。
「この仕事をしてるとやりきれなくなるときがある。この間、おまえ達が連れてきた怪我人も正式にマフィアの仲間入りをするそうだ。やりきれない。額を怪我したあのイケメンだ。今度はあの男が誰かを傷つけ、そいつがここに運ばれることになる」
冷たいハマ風が日光に暖められ、この街を洗うようにゆっくりと動いている。
なんて快適な昼下がりだろう。けれどもそれは絶妙な均衡で生まれた偶然だ。
崩れれば容赦のない寒さが襲ってくる。
そんなことは誰だって知っていることなんだ。改めて言うことじゃない。