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第37話 ミッション・イブ・ポッシブル⑥


 俺たちのスマ~イルは、さぞかしぎこちなかったことだろう。


「イブの夜に大変だね。ごくろうさん」「チーッス」「ッス」「うぃっす」

 ……あんたこそな。優しい目をした警備員に見送られ、検問突破。


 おもんみることが多すぎて錯乱しそうな俺を、腰の激痛が救ってくれる。

 とにかく……ともかくだ。洪水のように湧き上がる疑念を一旦忘れて、何は扨置さておき今はこのだだっ広い地下駐車場のはるか彼方、あの車に辿り着くことだけ考えよう。

 人は水がなければ死ぬ。オアシスにたどり着けなければ、理屈抜きに死ぬ。

 電気代をけちって薄暗く湿気ってよどんだ砂漠をカスタネット叩きながら、軽快に穏便にすみやかに立ち去るのだ、風のように。


「ヒロユキっ! 腐りかけのゾンビみたいな歩き方でブツブツ言うなっ! 警備員に怪しまれるだろうがっ! 」

 ラクダが怒鳴ってるが気にしない。考えるな考えるな何も考えるな。


 畜生っ! なんであんな遠いところに停めてんだ……普段ならなんでもない距離が永遠に感じられる。何はともあれ疑われるな。

 たんったんったたたんっと、軽快に穏便にすみやかに……



 だが無情にも、突然けたたましい警報音とサイレンが駐車場に鳴り響く。


「やばいっ!」

 青木が走り出した。それに釣られてカシスボーイズも走り出す。


 ……待ってくれっ! 俺はこれ以上、早く動けない。ジャンさんは? ジャンさん。


 青木たちよりも先を走っていた。……あの野郎っ!


 背後の気配だけで警備員の動きが察せられる。オアシスに辿り着く前にオアシスが逃げ出すなんてあり得ない。蜃気楼かよ。耳にはめたイヤホンから、余りにも有名なクリスマスソングが流れる。なにが最後のクリスマスだっ! 縁起でもねぇ……


 でもその時、駐車場のポール・チェーン・スタンドを起点に、ジャンさんがくるんと一周した。そのままの勢いで俺に向かって走ってくる。……兄貴っ!


「ヒロユキっ! 三倍だっ!!!」

「イエッサー! ボス!」


 俺はジャンさんの背中にしがみついた。既に青木たちを乗せた車はタイヤをきしませ、走りだしている。その車がたどる軌跡と同じアスファルトの坂道を、俺たちは徒歩で駆け上がる。とにかく、地上だっ! 地上だっ! 地上だぁぁぁっ!











          ハァ      

     ハァ       イテッ

       ハァ         ハァ

   ハァ      イテテッ  


       ハァ         ハァハァ

              ハァ




 なんとか地上に這い出した。だがジャンさんは体力を使い果たし立ち上がることさえできない。俺も腰痛で動けない。その刹那……


 キキッィーー。痩せた蠅みたいなバイクが俺たちの前で急停止した。フルフェイスのシールドを跳ね上げるとそれは別ビルから指示を出していた羅森ラシンだった。

 羅森ラシンは片腕を伸ばし、ジャンさんの頭をむんずとつかむと引き抜いて荷台に乗せる。


「残念だがヒロユキ。一人が限界だ」

 それだけ言うとブィンブィンと二度空ぶかししてそのまま行ってしまった。


         おいっ!!!!



 振り返れば、駐車場に続く長い坂道を今まさに駆け上ろうとする警備員たちの姿が見える。鏡面のビルディングにはクリスマスツリーが浮かび、2匹のかわいいテディベアがあっち向いてホイをしながらプレゼントを奪い合っている。



 俺はイブの夜に大都会の路上に取り残された。本当にこれがラストクリスマスだ。


 背後には恐ろしい形相の警備員たちが徐々に迫りくる。絶体絶命の大ピンチっ! 







 …………………………………………………… な~んてね(笑)









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