練乳みたいな甘ったるい香りが鼻孔をくすぐる。体は小さく華奢であるが、とても柔らかい。コシのあるピンクベージュのショートカットが揺れ、少女は驚いたように目をぱちくりとさせている。どうしてこんな所に子供が?
ウッ……疑問と同時に激痛が走る。受け止めたときに腰をやられたようだ。
少女は俺のうめき声で我に返ったのか、子猫がイヤイヤをするように体を捻り俺の手から逃れた。一度だけ振り返り、俺を見つめ、それからダッシュで姿を消した。
「ちょっと……」
その先が言えず呆然としてると、カチャッとなにか固い物が俺の後頭部に当たる。
「動くことは許可しない。これは脅しではない。遠慮なく引き金を引く」
見れば俺以外の連中は床に這いつくばり呻いている。
「まあなんだろうな? ともかく事情を聞こう。素直であれば危害は加えない」
パンチパーマの男はその風貌とは裏腹に上品なしゃべり方をする。
ふたたび目を
息を止め、パーカーの襟元にあるヒモを男に気づかれず強く引く。
パンッ! と音がして「うぅっ」と、男が声を上げた。
キャンディ貿易商会オリジナル、唐辛子スプレーボムが炸裂したのだ。
暗闇を左に1・2・3歩。斜め2歩。体を捻り、特殊警棒を伸ばし振り下ろす。
ガシャンと床に、なにかが落ちた音がする。
当然、拳銃だろう。警棒を捨て、ポケットから別の物を取り出す。
そのまま……バチッ! バチバチッ! 電撃の火花が見えるようだった。
暫くは息を止めたままそのままでいる。頃合いを見計らい薄目を空ければ男は床に倒れていた。そっと首筋に手をやると脈が有り、胸の上下で呼吸は確認できる。
よかった……業務用のスタンガンだから威力のほどが心配だった。
白々と夜が明けるように、真っ赤な唐辛子の煙りが、たなびき
青木と
カシスボーイたちも中腰で涙をぬぐっている。
俺から、一度だけ大きな咳がこぼれた。
「逃げるぞっ!」青木はそれだけ怒鳴ると、無表情で入り口に向かう。
戸惑いながら皆が後に続く。俺も腰の痛みに耐え足を引きずりそれに従う。
ひとつだけ嬉しい誤算があった。縄ばしごは降りるより登るほうが楽だった。
それからビルの30階で害虫駆除の機材などをのせた台車ごとエレベーターに乗りこむ。歩行補助に老人がカートを使う意味がよくわかる。そこでやっと一息つけた。
「……してくれたな」エレベーターの中で青木が独り言のように
先程から俺に向ける視線は、一緒に焼きそばを食ったとき以上だ。
「なんて言った? 青木さん」良く聞こえなかった俺は聞き返した。
「とんでもない仕事を回してくれたな」
「すまない。あんな強い人間がいるとは思わなかった」
「違う。人間の種類の問題だっ! 別にこっちは、相手がヤクザなら殺しちまっても構わなかった。おまえ……あの男が持っていた拳銃をみなかったのか? この間抜け野郎っ!」
……はぁ? 間抜けに間抜けって言われたぞ? 一撃でのされた癖にっ! 自分も拳銃を持っていながら、相手も持っていたからって……俺に切れてんのか?
「ニューナンブM60。あんな性能の悪い拳銃を未だに使ってるのは馬鹿だ。
「え?」
「まだわからないのか? あれは警察の施設だっ!」