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第34話 ミッション・イブ・ポッシブル③


 なにを浮かれていたのだろう? 


 フロアの作りはそれまでと同じだった。清潔でちり一つない廊下に、鈍色にびいろの壁。

 ただ唯一の違いは、目の前に恐らくスパイ映画からインスパイアされたとしか言いようのない奇抜な形状のマシーンがあることだった。

 急速に我に返る想いがする。



【先程の義眼を合わせて生体認証の網膜スキャン。暗証番号は37〇16〇4】


 羅森ラシンの声だけが耳の奥で聞こえる。



 俺は、俺を含めた6人のピエロたちの間抜け面を眺め、それから天井を見渡した。


「お~い。生体認証だとよ、ヒロユキ」青木が肩を突く。


 監視カメラはどこにもなかった。それが不自然だ。そもそも覆面さえ被らず、野面のづらでこんなところに侵入する馬鹿がいるだろうか? ここにいるっ!


 なにを浮かれていた? 情緒がどうにかなったのか?

 もっとこう……なんて言うのか……簡単なことだと考えていた。ちょっと危ない橋を渡れば、日常が戻ってくると信じていた。青木たちがなにを盗もうが、知ったことじゃない。俺とは関係のないことだとそう思っていた。




 なんだこれ? 俺はただ、自分にかけられた呪いを解きたかっただけなのに……

 マンデラ・エフェクト現象(実際の出来事と違う記憶を持つ現象)いや違う……

 SFでも、パラレルワールドでも、タイムトラベラルでもなく、これは現実……


 俺はどうかしちまってる。

 危機意識なのか防衛本能と言おうか、兎に角、リスクセンスがいかれちまってる。


 そしてこの三ヶ月を振り返れば、こんなことが幾度もあったような気がする。


「なにぐずぐずしてんだ? ヒロユキ。そこの台にアゴ乗っけろってさ」

 うるさいチンピラだ。こいつは信用がおけないうえになんて間抜けなんだろう。


 だけど俺は言われるままにその機材にアプローチした。

 まるで揺るぎなく決められた未来のように。どうしてもあらがえない運命のように。




 チコーーン

 縦に長い光彩が義眼を通過した。ジャンさんがボタンを手早く押す。



 ブーーーン

 壁の一部がゆるみ、軽く押しただけでカーテンのように横に開いた。




「おいっ! いったいなんだよこりゃっ!」

「………………」

「え……スパコンでしたよね? いやスパコンなんだろうけど」

 口々に皆の声が重なる中、俺だけが冷静だった。


 例えるならパチンコ台のガラス板の内部だ……それに一番近い。無数の釘と役物がならび、その隙間を滝のように銀色の玉が落ちていくようなさま

 スーパーコンピュータで検索すれば、缶コーヒーやらダイエットコークを売る自動販売機が並んでいるような画像が出てくる。いや……自動販売機は当然、並んでいるのだけれども、それが横だけじゃなく縦にも並んでいる。そこはフロアを跨いで吹き抜けの空間なのだ。


 それだけじゃない。玩具のブロックのように積み上げられた部分と所々にある太い柱を縫うように隙間なく、小型のモノレールが縦横無尽に伸びている。

 そしてそこに恐ろしいほどの高速で、銀色の物体が行き来している。


 生い茂る巨大な世界樹の樹冠じゅかん。その中に迷い込んだかのようだった。



「ヤクザの事務所にコンピューターを置いてるんじゃないのかよ? なんだこれ? 金目のもんなんかなにもねぇじゃねぇか。それとこれ、USBメモリーをどこにぶっ刺せば、情報抜けんだ? 糞インド人にこっちから連絡できねぇのか?」

 青木だけが取り乱している。残りの4人はただ呆然としている。そして俺は……




 …………俺は打ちのめされていた。なにか得たいの知れない物に…………



 この光景を俺は確かに見たことがある。








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