空は、からりと晴れた……バラックまでの退屈な帰り道。
さっきまでのは全てゲームの中の出来事で、雷雨は窟の魔物専用のイメージソングかと考えたら、思わず笑ってしまう。腕に嵌めた風水磁石も今は正確に方位を指している。こんなアクセサリーをいつどこで買った? この世は不思議に満ちている。
でも許せない不思議も、世の中にはある。こん畜生っ!
ヤン・クイとひも野郎が並んで立っていた。まるで美しい羽に彩られた
ひも野郎はひも野郎の癖に生意気にジャケットなんか羽織っている。ヤン・クイは当然、中身はチャイナドレスなのだろうが、シルバーの丈の長い毛皮を袖を通さず肩から流している。そうしてもう雨は止んでいるのに、真っ赤な和傘を一本、ふたりで仲良く差していた。完璧に自分たちのビジュアルを認識してやがる。
丁度、朝食の時間だったのだろう。中華街には粥の専門店が何軒もあり、ふたりはいつもそれだ。粥とは言っても豪勢なもので、蒸しアワビの薄切りや白身魚の刺身が上に乗り、ウニやピータン、ホタテの醤油漬けなんかも小鉢で出てくる。俺も何度かヤン・クイに連れて行ってもらったことがある。お腹いっぱいか? こん畜生っ!
俺が01秒でそんなことを考えていたら、ヤン・クイの美しく大きな黒目が弾け、コートから白い手を出して左右に振ってきた。ふたりの時はなるべく話したくないが無視するわけにもいかない。しょうがないので、作り笑顔で近づいた。
「火事があったんだってね、ヒロユキ」
「はぁ~そうらしいですね」
「これで何度目だろう? こっちだけじゃなく、福富町や裏の伊勢佐木町でも……」
「え!? そんなに?」
それは初耳だった。
「ヒロユキ先生は最近、金儲けで忙しいからな。そんなこと眼中にないのさ」
ひも野郎はヤン・クイにわからないように赤い傘をくるくると回して雨のしずくを俺に飛ばしてきた。こん畜生っ!
「それでねぇ、この人が夜回りなんかすることになったの。仕事なんかしなくていいって言ってるんだけどねぇ」
ヤン・クイの柔らかそうな薄い唇からため息がもれた。
……ほっとけない不思議もある。なんなんだろうこの関係性……
踏み締める固い石畳より確実なことがある。ふたりは愛し合っている。
俺も女に惚れられて金が入るなら堕落するのかもしれない。なにかに目を瞑って、毎日を楽しく暮らすかもわからない……だとしても仕事は選べるし、相手も選べる。
それに幸運にも選ばれたのなら、愛されたのなら、愛しているのなら……
そこで考えるのをやめた。目には敵意を浮かべない。俺には関係ないことだ。
「ちょっと一眠りしてくるよ。2人とも私がいないからって喧嘩しないでね」
ヤン・クイはひも野郎から傘を奪うと、しずしずと回しながら微笑んだ。
喧嘩しないでね、と言いながらどこか楽しそうにねぐらに帰って行く。小悪魔っ!
あとには、俺とひも野郎が残った。……気まずい。
「ヒロユキ。言っておくが、おまえのその片目は俺のせいじゃないからな」
「わかってるよ。あの状況なら、ああするしかなかった。俺だってそうした」
「ふっ、その割には恩着せがましかったがな……だが少しおまえを見直した。正常でいられるのはたいしたものだ。俺なら多分、喪失感でパニックになってる。日本人の癖にこんなところに迷い込んだ変な奴だと見くびっていたよ。最近は、随分と稼いでいるようだしな」
ひも野郎に俺はニヤリとほくそ笑み踵を返した。会心の嫌味な笑みだったと、自分でも自信がある。このまま一緒に居てもいらつくだけだし喧嘩になれば俺が負ける。
「……金を稼ぐのはいい。だがなヒロユキ。……おまえが流した情報がどんな使われ方をしているのか、おまえはわかってやっているのか?」
背中にひも野郎の言葉が突き刺さった。
『……………………………………』
まったく、笑顔でサヨナラできないものかとうんざりし、俺は振り向きもせずに