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第21話 友情のフォーチュンクッキー②

「私、青天目なばためマリアは、転職しますっ!!!」


 マリアはそのあと、中腰のまま動かなくなった。ぷるぷると震えている。

 でもそれは自分のスピーチに感動したからではなかった。


 この店、オリジナル。場末の小さな店だが、どういう経緯か丸テーブルが大理石なのだ。バンっ! と木製のテーブルを叩くつもりで大理石を叩くと人間は、このような状態になる。


 さぁ~マリア嬢動けません。骨折してるのか? おぉと、ゆっくり何事もなかったように腰を下ろします。照れ隠しに、紹興酒に手を伸ばそうとするも手がジンジンとしびれて掴めません。これは困った。こまったこまったこまどり姉妹! だがそこにこの店のちっちゃいマスコットがすかさず近づく……それはなんだ? な、なんと、ストローです。紹興酒のグラスにストローを突き刺しました。解説の鬼熊さんこれは上手い作戦ですねぇ。素晴らしい。このまま酒豪のマリア嬢が飲むのをやめたら売り上げが減ってしまいます。ナイスリカバリー。おぉっと、マリア嬢がストローに口を付けたっ! ゴクゴク飲んだっ! やったぁ! ……ゴォォォーール!!


「ちょっとヒロユキ君、独り言、聞こえてる! 嬢ってなによ、嬢って」

 マリアは少し落ち着いたのか、上目遣いで睨んできた。

 俺はどうした? あ……さっきの紹興酒か。


 落陽が近づき揺れるプリズムに彩られたテーブルに、気まず~い雰囲気が流れたがやがてマリアがぽつぽつと、話の続きを語りだした。



 ……要約すれば、家が厳しすぎるのだそうだ。

 高校時代付き合っていた彼氏とは、短大が都内だったのですれ違いで別れた。

 地元で別れると気まずい。だから次の彼氏は都内勤務の年上のサラリーマン。

 …………だったが、今度も往復4時間の通勤がネックとなり3ヶ月前に振られた。自分の男運がないのは東京vs茨城が原因であって、けれども自活しないで家から通うなら、外泊は親が許さない。


「結局ね。家をでて一人暮らししないと前進しないの」

 それはもう会社が不正してるから転職したいって話、関係なくなってるよね? 

 お引っ越しの話だよね? さっきのバンっ! はどっかにいっちゃったよね? 


「でもお金がないんだよね」しょんぼりしている。


 なぜか微笑ましかった。悩みがまともで、普通で、ゴムまりみたいな人だと思う。

 よかった…………彼女に迷惑をかけることはなさそうだ。




「ヒロユキ~マリアちゃん~フォーチュンクッキー・アルヨ」

 流石、もう売り上げが伸びないとの冷静な判断&値踏みなのだろう。ちっちゃくて可愛いこの店のモンスターが、頭の上にお盆を乗せてきた。ナイスタイミング……


「う~ん。じゃぁこれっ!」

 マリアがクッキーを摘まんで半分に割ろうとする。




 その時……シュッと音がした。なにかが、俺の体から飛び出した。




「ちょっとぉ~ヒロユキ君なにすんのよっ!」

「これは俺がもらっとくよ」

 あれ? いつの間にか、俺の手がマリアからクッキーをかすめ取っている。


「も~意地悪して……これだから男の子は……いいわよ、いいわよ。残り物には福があるぅ~だ。パキッ。なになに? ”しま馬は、しま模様を、どこへでも持ち歩く” なにこれ? どういう意味?」

「さぁ? アフリカのことわざだから……」

「個性を大切に……かな? ヒロユキ君のは?」

「俺はこう言うのは、寝る前に見ることにしてんの」

「ふ~ん」












 手を振るマリアを俺は笑顔で見送った。もう会うことは無いだろう。

 あのビルの中核に犯罪者がいる。……それだけの情報で十分だった。


 バラックに戻ると、あのいかがわしい小道具たちは綺麗に片付けられている。

 もう怒る気にはならなかった。中に入りハンモックに寝そべると、餃子とビールを持った美女が微笑んでくれる……そこはいつもの、我が家だった。


 パキッ   思いがけず、静かで灰色の室内にクッキーが砕ける音が高く響く。


「ヒロユキ。寝る前にお菓子食うと太るぞ」

 どこかのハンモックから、誰かの声がする。




 中身を取り出し、二つ折りにされた紙を広げて見ると白地に赤い文字


「 ”羊に二度、逃げられる者は愚か者” (ガーナ)」



 ……取り上げて正解だった。意味はわからないけど、失恋続きの女の子には多分、ショックな言葉だろう……俺はハンモックに揺れる……揺れながら眠りに落ちる。




 けれど、眠りに落ちる寸前、ひとつの疑問が脳裏に浮かぶ。


 どうして中華料理屋なのに、占いの言葉が全部アフリカのことわざなんだ?














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