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第20話 友情のフォーチュンクッキー①

「ヒロユキ~まいどあり~」

 魔物は草食動物みたいにキラキラと瞳を輝かせている。ちっちゃくて可愛い。


 喫茶店にでも行こうと思ったが、バラックのマスコットキャラクターにすぐに捕まった。不景気なのか、近頃は俺の顔を見れば、食べていってくれとせがむ。



「なにこれ? つるっんとしててモチモチぃ~」

 マリアは特製の水餃子に舌鼓を打っている。次に出るプルプルのふかひれスープを飲めばドラムを叩くかも。待ちくたびれてお腹がぺこぺこだったようで、結果的にはこれで良かった。


「同じ所ぐるぐる回ったり、海のほうに出ちゃったりメチャクチャ迷っちゃったぁ」

 生ビールをぐいぐいっと、マリアのお喋りが始まる。


「あぁ観光客はよく迷う。周りと比べて中華街の一帯だけ斜め45度傾いているからみんな方向感覚を狂わせる……まあ、錯覚だよ。ここに住んでいる連中は迷ったり、道を誤魔化されたりはしないけどね。横浜中華街……」


「わっ! なにこの卵。ピータンは食べたことあるけど、鹹蛋シエンタンとか糟蛋ソウタンとか、このネットリとした豆腐と一緒に食べるともはや神なの、ぷはー」

 聞いてない……今度は紹興酒をくぃくぃと空けている。酒の飲み方としてはそれでいいのか? 酒に強い体質が素直にうらやましい。



 厨房では、マスコットキャラクターの孫が背筋を伸ばしていた。俺と同じくらいの年齢だよな? 高校卒業して就職したけど、父親が亡くなってすぐにここを継いだんだっけ? 子供の頃から仕込まれていたんだろうけど、もう立派に営業しててこんな料理を作れるなんて素直に尊敬する。偉いよな。


 美味と美酒で悶絶しているマリアをあらためて見る。こっちも偉いよな。

 まじめに高校に通って短大まで出て、まともに働いている。俺なんかとは住む世界が違う。あのときも思ったじゃないか……この子に迷惑をかけちゃいけないって。


 だけどマリアと話してるとなんだか落ち着く。さっきまでの心の揺れが静まるようだった。最新型のスケベ椅子に寝そべっていたこともまったく気づいていない。屈託がない。愛されて育ったからなのか、こんなだから愛されるのか。ともかく俺なんかとは違う。



「小さいとき両親と一回来たことあるけど、すっごく綺麗になったよね」

「俺は今の中華街しか知らないな。二年になるけど、もう」

「それにメイン通りと違ってみんな日本語喋ってる。ジャンさんはアルヨアルヨ観光客にこれ言うとウケるアルヨって言ってたけど」

「あいつのことだけは気にしなくていい……。この界隈にいる連中はほとんど日本で生まれて日本で育った人達ばかりだよ。最近できた店とは違う。ましてや福富町や池袋とも違う……世界一、安全なチャイナタウンさ」

 マリアが飲むのを見ていたら、俺も紹興酒が飲みたくなった。鹹蛋シエンタンを摘まむと、ウェェェェしょっぱいっ! この勢いで紹興酒をぐいっとウェェェェェ。


「ヒロユキ君、飲めないんだからあんまり無理しないほうがいいよ」

「ぶほっ。ついてないときは熟したバナナさえあなたの歯をひっこ抜く……か」

「へ? なにそれ?」

「あ、なんでもない。アフリカのことわざ」

「そういえばこの前もそんなこと言ってたわよね……そうだっ! なんのためにここに来たのか話さなきゃ! あれから私、ビルの中の人と仲良くなって、経理の人とか警備員のおっちゃんとか、いろいろと探りを入れたんだけど、ヒロユキ君が探してた人たちの情報はまったくなかったわっ!」

 なんだそれ……。


「しょうがないよ。誰に貸したかなんて極秘扱いだもん。でもね、前に中層階を分割してるって話はしたじゃない。あれはビルのワンフロアを半分にして使っているからなのよ。普段はエレベーターにロックがかかってる。なにに使われていると思う? 超巨大サーバ。……私もよくわからないけどスーパーコンピュータなの。あのビルの中程は全部、スパコンとそれを冷却する仕組みなの」

 ……うん。まったく意味がわからない。あれか? 二番じゃ困るやつか?


「でもね、そんな記載はどこにもないの。今も、名義は他の会社が使っているようになってる。社員の誰もそこに立ち入れない。これもんの、……まさにこれもんの……いかにも犯罪者っぽい人たちがメンテナンスに出入りしてるだけっ!」

 マリアは必死にほっぺたに人差し指を何回も走らせている。ヤクザってこと?


「つまりね。合法的じゃないの。うちの会社は……あのビルは、組織的な犯罪行為をしているのよ。超ショックだった。でね、……決心したのっ」




「私、青天目なばためマリアは、転職しますっ!!!」




 …………いや!? それをここで宣言されても。










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