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第18話 A walk in the park

 暇だ……おっそろしく、暇だ。

 たいした人生ではなかったけれど、人生そのものを退屈だと感じたことはこれまでなかった。港の見える丘公園も港が見えるからなんやちゅうねんっと、思えてくる。

 俺は珍しく、首都高速神奈川3号狩場線を跨いで、山手のほうに出向いていた。


 バラックにはなんだか居づらくなった。最近、金を稼ぎだした俺への嫉妬も少しはあるのだろうが、それよりは異質な者、恐怖の対象にさえなっているのか?

 みんな優しくて滑稽で、気の良いやつらばかりなのに……


 人生のあらゆる場面ではじかれ、それこそ異質だった俺を唯一、受け入れてくれた場所。夜、甘美な秘密を隠し持つ、格子ごしの燈火。漂う牡蠣油オイスターソースの香り。

 ……いやいやいや。なにを感傷的になってるんだよ、俺はっ!


 港を背にして振り返り、南西の方角に手を合わせ拝む。

 再びひっくり返り、もう一度、ゆっくりと海を見た。おちつく……



 暇なのは日雇いにいかなくなったからで、そして他のことに時間が取られるわけでもない。どうやら窟との接触を避けようとしているらしい鉄玉から資料を受け取り、それをそのまま右から左へ。でも美紫メイズとはあれから会っていない。

 受け取るのは羅森ラシンというインド人。華僑に対しての所謂、印僑と呼ばれる存在で、日本語も英語も中国語も流暢に話す。ジャンとも世間話ができる程で商社にでも勤めれば稼げそうだが、日本はおろかどこの国の国籍も持っていないらしい。その男がノートパソコンをカチャカチャと叩き瞬時に金額をジャッジし、それを鉄玉に報告する。

 だが、今までに値段が高いからと交渉が決裂したことはない……俺は伝書鳩かっ!




 見れば、もう冬になるというのに公園のオレンジの花に、同じ色の蝶がとまり羽を上下させている。おちつく……ってか、おちつけ。……状況が悪いわけじゃない。


 金はヤクザから懇意にしているスネークアイへ、そして手数料を引かれた上で、窟に渡っている。そこだけは俺が主張した。金銭の流れにスネークアイを嚼ませたのは俺の考えだった。もし無視したならば強欲なスネークアイは相手が窟だろうと流石に黙ってはいない。必ずトラブルになる。片目だけれど、俺には状況が見えている!

 なので、金の受け渡しにも俺は関わっていない。だから暇なん……だけど。


 なにより鉄玉が危険なのだ。情報収集は華僑マフィアの専売特許だが、窟のそれはどうやら質が違う。羅森を筆頭に韓国、朝鮮、モンゴル、東南アジア、中東、南米、ヨーロッパ系まで多種多様で……そこを見抜いた鉄玉はこの状況をお膳立てする為に俺に近づいた。油断できない。スネークアイは、一種の Safety device安全装置 。


 揺れ動いている。論理で押さえ込んでもまた沸き立つような不安が襲ってくる。 

 こんなの望んだことじゃない。自分でも制御出来ない心の揺れが俺の中にある。

 金があるのに気分は沈み込む。



 俺はもう一度、南西の方角に手を合わせた。帰ることにする。浜風が冷たくてもう立っていられない。カモメも心配そうに鳴いている。流れに身を任すしかない。




 バラックに戻ると全身の毛穴から汗が噴き出していた。いい感じのウオーキングで晴れやかな気分。だが、嫌な奴が目の前にいる。


「ヒロユキどこに行っていた? おまえに客だぞ」

「客……?」

「心配するな、このまえのヤクザじゃない。ふふっ」

 ひも野郎は口元をニヤリと歪めどこかに消えていった。


 以前は俺のほうが敵意むき出しだったが、近頃は向こうからなにかと突っかかってくる。そしてスネークアイの下っ端なんかを始めた。ヤン・クイの姉さんにさんざん食わしてもらっといて、探した仕事がそれか? ……俺も人のこと言えないけど。


 客?……


 俺はバラックに向かう。



 なっ!?  なんじゃこりゃっぁ!  あんのひも野郎ぉおおおおお!!!!






「ハロハロ~ヒロユキく~~ん」












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