「ハフッハフッハフッ」
「はふっぶずぅはふっはふっはふっ」
熱い。どこまでも熱い。パサパサもぺちゃぺちゃもしていない。
「ヒロユキ。なにが悔しいっていくら材料費つぎ込んでもこれ以上、旨いものが作れないってところが元料理人としては悔しいわけよ」
「褒めてもなにもでないよ。それにしてもホストの兄ちゃんも大勢、来てくれるが、ウチにシャンパン持ち込んだ客は初めてだ」
「おやっさんも一杯、飲んでよ。こいつさ、酒が飲めないんだよ。……まじでさぁ、俺が金を出すから、この焼きそば一本でチェーン展開しねぇ?」
「う~~ん。シャンパンってのは旨いもんだな。これならおばはんが高い金だすのもわからなくはねぇ」
「これ一本で、焼きそば400杯分の値段だけどな。なぁ、いいかげん隠し味くらい教えてくれよ」
「すげー値段だな……。しかし、鉄玉もしつこいねぇ。隠し味なんかねぇよ。うちはこういう商売だから材料を無駄にできねぇ。魚の頭から野菜の切れっ端まで兎に角、食材を融通するんだ。かつお節なんか、三番だしまでとって刻んで衣に使う。元々、歌舞伎町に出稼ぎに来た中国人が親切に教えてくれたんだが、それからはどの食材のなにがどの料理に影響しているのかもうわけがわからねぇんだよ、こっちも……」
シャンパンを一口だけ飲んでいた。人の頭越しやたらと騒がしい。ふわふわとした意識の中、融通って言葉が耳に残った。あっちで余った食材をこっちに使い、こっちで余った食材をあっちで使う。融通。そうだ、俺は融通している。右から左へ。
「中国4000年の歴史と日本人のもったいない精神の融合かぁ」
鉄玉は機嫌が良い。それはそうだ。この男は儲けてる。どういう仕組みかは詳しくは判らないが、窟が探し出す、人、や、モノ、をこの男は確実に金に変えている。
そして窟にも金が転がり込んでいる……ような気がする。俺は融通している。
「まったくこんなに上手くいくとは思ってもいなかった。あそこの連中が他人に手を貸すなんて聞いたことがない。しかも日本人が窓口だ。ビジネスチャンスなんてのはどこに転がってるか分かりゃしない。あきらめなきゃそこに道はある……さ」
鉄玉はどこか
インテリ☆ヤクザともすこし違う。あ~シャンパンなんか飲まなきゃよかった。
悪魔の契約書にサインしてから意識の外、ゆっくりと川筋に木の葉が流れるように時は過ぎていた。楽しみにしていた十月の
”バッファローに追われて木のてっぺんに登るはめになったら景色を楽しみなさい”
とは、アフリカの諺だが、まさに今、そんな気分……俺、酔ってるなぁ。
「ヒロユキが五体満足なのも想定外だ。耳も指も舌もあそこも千切られてない。あくまで噂だが、スネークアイのボスは窟を恐れて正体を隠してるなんて話もある」
「……恐れてる?」
「無論、スネークアイと抗争になれば窟なんざ瞬殺さ。だけどやつらはカビの根っこみたいにそこらに胞子をまき散らしてる。いつかそこから復活し復讐される……」
スネークアイのボスがここ30年来、表舞台に姿を見せてないのは事実のようだ。
マリオ・デ・カブトムシは一度も会ったことのないボスのために命をかけている。
「死を厭わぬ故の不死の集団は恐ろしい……と言うより、マフィアに限らず俺たちの業界も本当のトップは今さらもう抗争なんかしたくないのさ。既に金が入るシステムが構築されている。合法的にな。トップが望んでるのはぬるま湯の現状維持なのさ。でもそれじゃぁ、今からのし上がろうって下っ端の連中はたまったもんじゃない」
鉄玉はコップに残ったシャンパンを一息に飲み干した。
「それはおまえも同じだろ? 俺のことはどう思っているのか知らないが俺は約束は守る。暴力を振るうべき相手は見つかったのか? その為に片目を捨てたんだろ?」
……今までの俺とは話が現実離れしている。酒なんか、飲むんじゃなかった……