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第14話 戦の前の腹ごしらえ


「ふぬぅぅうぅぅぅうぅぅうぅううう」

 前足を踏ん張って、ジャンが抵抗する。まるでイヤイヤをする大型犬だ。


「いいかげんあきらめろ。あんた、そんだけのことしただろうがよっ!」

「いやだぁ、いやだぁ、悪魔の子。ヒロユキ悪魔の子」

 鼻が濡れた子犬みたいな目をしやがる。


「一緒にくつに行くだけだ。ジャンさんはなにもしなくていい」

「いやだぁ、窟はいやだぁ」

 右足を突っ張ったまま、左足で俺の手を引きはがそうとする。こんにゃろめ!


「じゃ、マリオと一緒にいるか? 奴がなんでマリオと呼ばれてるか知ってるか? どんな相手も一撃で倒すんだ。そして倒したらジャンプする。そいつの体の上で、亀の甲羅、踏んづけるみたいに、相手のコインがなくなるまでな。5人でも10人でもそうやって集団が逃げ出すまで一人一人砂にしていく。んで、最後の最後まで挑んできた相手には『敬意を示す』ってリアカーで運んでそいつ等の事務所に行くんだぞ。化け物だ。俺が引き取らなきゃあんた、そんな奴の側にいなきゃなんねぇんだぞ」

 俺は3倍速でまくし立てた。


「なにを言ってるかわからない」

「嘘こけ! つうより、あんたは中国の標準語のほうがだ。逆にあんたの喋る言葉はマリオには通じてない……違うか?」

 ジャンの目は日本語の文節ごとに反応している。ほぼ理解している。こんにゃろめ!


「窟は怖くても言葉の通じないあんたはなんらかの世話になってる。家族への送金も窟からだ。このまえはチャイナタウンで俺から盗んだ金だったから別の所に頼もうとした……な。ねぐらも窟関連を渡り鳥してる。もう俺の頭脳はすべてお見通しだ!」

 返事の代わりに腕をぶんぶん振り回して抵抗してくる。もんにゃろめぇぇ!




「なにを揉めている?」

 急に声がかかり、俺とジャンに大きな影がおおいかぶさった。


「いえ、なんてことない古いゲームの話っす」

 マリオの話をしていたとはマリオには言えない。


「イエッサー! ボス!」

 ジャンも隣で起立した。


「ヒロユキ。その男は根っからの盗人だ。性根は叩いても直らない。本来ならウチで預かるところだが、ヒロユキが上納した金に免じて今回は黙っておく……が、本当にそれでいいのか? それにあの金はいったいどうした?」


「仕事っす。しのぎの中身は企業秘密っす。こいつとコンビでないと出来ないっす」


「……すっすすっす? まあいい。なにか問題があれば私に言え」

 情熱の核弾頭が立ち去るのを二人は敬礼をしながら見送った。


「ヒロユキ……」

「ん?」

「お金くれるか?」

「ああ、やるよ」

「……わかった。一緒に窟に行く……」

「心配すんな、何も危ないことはない。俺はまぁ……やくざの金を使い込んじまったからやばいちゃやばいけど……」

「自業自得だな」

「あんたにだけは言われたくねぇ」

 俺はジャンの手を取って歩き出した……が、足が止まった。


 あの時は百万を失って我を忘れてダークサイドまで突っ走ったが、冷静になったら足が震える。


「どうしたヒロユキ」

「どうせならメシ食ってからいかね?」

「人生に迷ってる暇はない。今すぐに食う」

 耳が遠いはずなのに…………この会話を聞きつけた白髪の老婆がニコニコしながら既に手招きをしている。めざとくて、ここはそういう場所なんだ。

 彼女はバラックのマスコットキャラクターで日がな一日、日向ぼっこしているが、孫が小さな中華料理店を経営している。丁度、昼の客がひいた頃合いだった。


「あいよっ! あんかけチャーハン・リャン」


 メインは焦がし醤油味の五目チャーハンだが丁寧に下ごしらえされた白モツの刻みとイカの薄切りが入った卵白とじの塩スープが付く。



 あぶく銭が入ったときの俺たちは、けっこうグルメだっ!










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