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第11話 隠し味の覚醒②

「ヒロユキくん? 君さ、いくらなんでも相手見て喧嘩しなきゃ。ラグビーとかアメフトやってる奴は体格からして違うじゃない。柔道も掴まれたら終わり、空手なんか考えてる暇もない」


「へい! コハダおまち!」

 光りもの特有の青みを帯びた切り身に飾り包丁が美しく入り、さっとハケを走らせ醤油が塗られてある。味が付いているからこのまま食べればいいんだろ?


「この間もびっくりだった……ビールも飲まないの? あそ。いやさ。アルコールで麻痺してるとか薬やってるなら別だけど正直びびっちまった。あんなのは初めてだ。いくらウチの組と蛇の目スネークアイが懇意だからって真っ昼間から素人のめん玉くり抜いたとなったら俺も立つ瀬がない。おまけに時計も別の所から出てくるしさ。カブトムシが手打ちにしなかったらどうなっていたか……」


「へい! 中トロ。大間おおま産の腹カミ」

 ……るせえな。なんだよカブトムシって? トロを食ってるときに話しかけんな。

 しかしなにこれ? とろけるとろける。


「俺はハマの生まれでさ。あ、その前に名前も言ってなかったな。鎌倉英二……っても誰もそう呼ばない。上からも下からも鉄玉てつたまって呼ばれてる。鉄砲玉、……安い名前だろ?」


「へい! ヤリイカのウニ乗っけ」

 なにこれ!


「板前の修業なんかしててさ、この業界ではまだひよっこなんだ。だから基本なんだってやる。この前もそう。手柄が欲しくてさ。横浜なら中華街に限らず、庭みたいなもんだし。いきなりカブトムシのおっさんが来てびびったけど。あは。高校のときに悪さして殺されかけたのを思い出したよ。あのおっさんは覚えてないだろうけど」


 よく喋る。やくざには珍しく論理的オーラを纏っている。うざい。どうしてこんな状況かと言えば、命を助けられたからだ。肩を刃物で射貫かれた男達は、驚愕の顔を浮かべて逃げていった。それがなかったら殺されないまでも俺は再起不能だった。

 そして今、寿司をおごられている。



「中華街も再開発やら健全化で昔と比べりゃ随分と綺麗になったんだ。表向きはな。危ない連中も近隣に吸収されちまった。俺は昔のほうが好きだったけど。広東省出身が一大勢力だが、他のもいっぱいる。抗争なんか始終あった。中国ってのはでっかいだろ? 出身地が違えば言語の違いは方言レベルじゃない。ほとんど外国語だ。同じ中国人でもコミュニケーションさえとれない。そりゃもめるわな。日本人のやばいのも巻き込んでそりゃ見てて面白かった」


口子くちこのあぶりです。ちょっとお口直しに」

 酒を飲まない俺には関係のない平べったいのが出てきた。しょうもないからそれをつまんでる男の顔を初めてちゃんと眺めた。ひよっこ? びびった? 嘘だ。

 威勢のいい板前も明らかに鉄玉にびびっている。気を使っている。


「ヒロユキ君。君なんであんなところに住んでる? 日本人なら寿ことぶきちょうだよ普通、……すぐ近くだし。にしてもあんなバラックが残っているとはね。あそこまで行くのは高校以来だから正直驚いた。快適? 中国人の女でもいるの?」


 口調はやさしいがこの男はやばい。ジャンにした仕打ちを考えるまでもない。


 だがもっと重要なことがある。自己紹介の前に気絶してしまって名前はわからないが、あの痩せた男がカツアゲを主導していたのには間違いがない。確実に命令系統の頭だった。でも泥人形は動いた。確実に俺を襲おうとした。つまり、命令系統は一つじゃなかった。




「このまえのことは謝るよ。やり過ぎた。それにしても俺たちはなんか縁があるな。君も新宿にいたんだろ? あの店を知ってるなんてつうだ。わかってる。焼きそばだろ? わかるわかる。あの旨さと量で380円だ。人生勝った気分になるよな。もと板前の血が騒いで隠し味を探ってやろうと俺も何度も通ったもんさ」


 磨き上げられたカウンターに、喋り続ける鉄玉の顔が映っている。口調とは裏腹にそれは氷の炎を帯びている。


「結局は、わからなかったけどさ。隠し味ってだけのことはある。隠されているものを見つけることは容易じゃない。力や金だけじゃどうにもならない。それが出来るのは特別な能力なんだ。たとえば……小さな時計を探し出したりさ」





 命令系統は二つあった。仕組んだのはこいつだ。









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