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第10話 隠し味の覚醒①

 いつのまにか囲まれていた。相手は5人。チンピラと言うより体育会系の学生風でみなガタイがいい。唯一、他の奴より少し後ろに青白い顔のひょろついた痩せたのが一人いる。勝てそうなのはこいつくらいだ。

 ……さて。こんなあからさまなカツアゲが今どきあるとは思ってもいなかったが、中華街に煙る以前はこんな事しょっちゅうだった。選択肢は二つしかない。


 土下座。これが安全かつ最良の方法なのは間違いがない。ただし、無一文のときに限る。土下座をすれば、そう無茶はされない。いつもの無一文なら痛い思いはしてもそれだけで済む。だが俺はいま……金をそこそこ持っている。


 逃走。自慢じゃないが俺は足が速い。歌舞伎町のメインストリートの人混みに紛れさえすればそのまま逃げ切れる。ただし、いつもの俺ならば……

 入院して体力が落ちている以上に、片目では思ったように走れない。これは何度も確認した。慣れもあるだろうが、こればっかりはどうしようもない。


 神は選択肢を用意していない。このまま金を奪われ殴られてボロボロになり夜通し歩いてバラックに帰りハンモックでふて寝して気まずいからひも野郎からこそこそと逃げ日雇いに行って少しずつ金を返済して……までが、俺の未来予想図。最悪だ。




 あれ?




 ガタイのいい4人が、なんだか色あせて見える。あのビルから追い返されたときと一緒だ。なんだか生気のない人形に見える。でくの坊。そして唯一、一人だけ色つきに見えている。一番弱そうな、後ろの痩せた男だけが…… 



 そのとき何かが閃いた。ゆっくりと、自然に歩く。4人の男達は俺の行動が予想外だったのか動けない。メロンキャンディーにするかソースせんべいにするか駄菓子屋の前で20円握りしめて迷っている幼児のように動けない。それはそうだ。

 こいつらは自分たちの意志を持っていない。積極性がない。つまり……



 表情さえ変えず男達の隙間を抜け、痩せた男に近づいた。

 その男は笑っている。薄笑いを浮かべていた。状況を理解していない。

 またゆっくりと動いた。静かにかがみ、転がっている瓶をつかんだ。そしてそれを相手のアゴ目がけ、下から上に思い切り振り抜いた。


「な!?」

 理解したときには遅かった。屈強な男達がいるから自分の出番など来ないと考えていた。だから不意を突かれた。次の言葉をはっすることなく男は崩れ落ちる。アゴへの一撃ではなく、頭蓋骨の中で脳が揺れたことで脳しんとうを起こしたのだ。


 ゆったりとした時間の流れが通常に戻り、他の男達が慌てだした。だがこいつらはカシスボーイだ。昔、やっかみと侮蔑を込めて仲間内でそう呼んだ、カシスボーイ。

 飲み屋で甘いカシスオレンジを頼む恵まれた人種。喧嘩が強かろうが弱かろうが、そんなことは関係ない。そもそも危ない橋を渡る必要のない、金や学歴やなにもかも持っているやつらなんだ。

 そんな連中が自分たちの意志ではなく犯罪行為を行うなら何かわけがある。つまり首謀者は今、地面に寝転がっているこの男だ。自己紹介の前に気絶してしまったが、理由はよくわからないけれど、屈強な男達はこのひょろっとした痩せた男を恐れて、こんなことをしている………………はず!




 予想通り男達は色あせたままだった。泥人形のままだ。だが……動き出した。 

 色あせたまま、それは明確に俺を刈るために。暴力でねじ伏せるために。




 あれ? 俺はなんでこんなことしちまったんだ? 

 土下座して金を渡すか、逃げるかしたほうがましだった。

 男達がにじり寄ってくるのを見て、俺は我に返った。だがもうどうすることも出来ない。体格差は歴然でしかも相手は4人いる。ここ数日の出来事で変なテンションになっていただけだった。いつものように情けなく、逃げ回れば良かった。

 自分より強い相手と戦ってはいけない……それを日本国憲法に明記すべきだった。






 だが、男の一人が俺に飛びかかろうとした瞬間、俺の口から何かが飛び出した。


 それはまるで蝶々が花の蜜を吸う為にクルクルと巻かれた口吻こうふんを伸ばすように。


 ストロー状の器官をまっすぐに伸ばすように。一瞬のうちに相手の肩をつらぬいた。






 ……周りからはそんな風に見えただろう。男の肩からは血が噴き出している。

 実際には俺の顔の真横から、細長い凶器が突き出されたのだった。


 その冷たい得物えものには見覚えがある。
















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