俺の頭は、どうかしちまったんだ。
「58階で間違いない! なぁ、もう一度ちゃんと……」
まるで教室にのら犬が迷い込んだ扱いだった。球体人形の受付嬢はガラスの義眼。
警備員はクレーンゲームのように俺を持ち上げ、無機質にビルの外へ移動させた。
「
恨み言を言っても始まらない。やつらも仕事だ。なにより、狐につままれた気分だった。存在していないとは? 尻をさすりながら俺は立ち上がった。
サングラスを外し振り返れば太陽はやはり半分で、見上げた高層ビルはペリペリと
フラフラとさまよい、座ったファストフード店で検索してみても、58階は疎か、その上下も有名なアパレルメーカーが占有している。俺が名前を知ってるくらいならそれは間違いなく一流企業のはずで、ちんけな詐欺に加担するとは到底、思えない。
先ほど盗んだスマートフォンを持ち主のバックに滑り込ませた。大学生風の二人組はこの世にそんなにも楽しいことが存在するのか? と問いかけたくなるような華やいだ声で気づかず笑っている。
絶望。あのとき、一種の催眠術なのか、サブリミナルなのか、何かされたのだ。
そもそも遺産を貰いに行ったはずなのに、俺は何も受け取っていない。100万で舞い上がり、そんなことは頭から消し飛んでいた。あの弁護士もこれは遺産ではないと言っていたではないか……
あのとき脳内に走った映像は偶然じゃない。仕込まれたのだ。だってアゲハチョウやモンシロチョウならいざ知らず、
『残金はゼロだ。縄張りにおいて地面にふれた金は、無条件で半分ボスの物になる。残りの半分は治療費に消えた 』と暴力装置は言ったが、もはや100万どころの騒ぎじゃない。何も持たない俺は、五体満足だけが唯一の取り柄だったのに……
華やいだ声はまだ続いている。もぐりの病院のもぐりの看護師が服にアイロンまで掛けてくれたから、隣にいる学生と比べても見劣りはしない。だけど決定的に違う。
ここは俺の居場所じゃない。そして……
自分の居場所にも帰る気にはなれなかった。出がけに、一悶着起こしている。
ひも野郎は働かないことを除けば、男として完璧だ。腕っぷしも強く、喧嘩になれば確実に俺が負けるだろうが、相手には弱みがあった。何も言わず自慢のサングラスと少々の金を差し出した。それが気まずさの原因だった。仲間に対してそんなことをしたのは初めてだった。絶望と孤独。
都会の夕焼けは、どこか奇妙だ。暗くなったり明るくなったり、不規則で
「N・マリアさん?」俺は静かに声を掛けた。