リオトの目の前に
その巨体は威圧感に満ちているが、何より
「ベルノス、俺たちはこの試練を乗り越える!」
「リオト様、共にこの試練を乗り越え、勝利を掴みましょう!我らに与えられた使命を、全うしましょう!」
リオトの決意のこもった叫びに、ベルノスも力強く頷く。
だが、そんな二人を前にして、ガルディウスは獰猛な笑みを浮かべている。
『さあ、試練に挑む勇者達よ。その力、我に示してみよ』
その声には余裕が感じられるだけでなく、リオトに対する何か期待するかのような響きすらあった。
だが、それと同時に、ガルディウスの目には戦士としての誇りが宿っていた。
「行くぞ。ベルノスっ!」
「はい。リオト様!背中はお任せください!」
ベルノスは再び自分とリオトにシールドをかけ直す。
リオトは剣を構え、ガルディウスへと突進する。
だが――
リオトの剣が振り下ろされる寸前、ガルディウスはその巨体とは裏腹に信じがたいほどの速さで身を
リオトは
「くそ……! 速くて……重い”ッ!」
リオトは歯を食いしばりながら、必死に踏ん張り、再び立ち向かおうとする。
しかし、ガルディウスはその様子を楽しむかのように吠えた。
『その程度か、勇者よ!貴様が本気でこの試練を乗り越えるというなら、もっとその力を見せてみよ!』
リオトが再度剣を振るうが、ガルディウスは目にも止まらぬ速度で次々と攻撃をかわし、反撃の爪を振り下ろす。
何度もガルディウスの連撃にさらされ、リオトの防御は崩れていく。
『私は試練を課すもの……そう容易く負けるわけにはいかぬ!』
巨大な口が開き、噛みつき攻撃を繰り出すガルディウス。
リオトは何とかそれを避けるものの、巨体から放たれる速さと力の圧倒的な差に、
(この体は元の世界よりも強化されているはず……いや、よく耐えている。それでも、こいつの速度も力も異常だ!)
リオトは必死にかわし続けるが、ガルディウスの攻撃は止まることがない。
剣で反撃しようとするも、次の一撃がすぐに襲いかかり、リオトは追い詰められていく。
『グゥォオオオ!』
ガルディウスが
リオトは後方へ回避を取るが、振り下ろされる前足が視界いっぱいに迫り、間一髪で後退するしかなかった。
だが、ガルディウスの
巨大な前足が地面をえぐり、土の雨と鋭い爪が次々とリオトを襲う。
攻撃の間隔はほとんどなく、リオトは反撃の余地も与えられず、必死に回避するしかなかった。
「くそっ、くそっ……!」
リオトの動きが鈍り、焦燥感が膨らむ。
「どうすれば……!」
リオトは焦りと共にガルディウスの攻撃に対応しようとするが、攻撃の隙が見つからない。
(これがレジェンドユニットっ……!巨体にそぐわぬ速さと、この重さ……これが怪物との戦い……!)
リオトは必死に耐えるが、その体力も限界に近づいていた。そもそも、剣など握ったことがない青年がよく持ったといえるだろう。レジェンド――伝説を冠する怪物を相手に。
しかし、ここで諦めるわけにはいかない。
振るえる足腰に鞭を打ち、剣を杖に何度でも立ち上がる。
『貴様がこの試練を乗り越えるか、それとも屈するか……見せてもらおうではないか!』
ガルディウスの挑発に、リオトは背筋を伸ばし、剣を握りしめた。
この試練はガルディウス自身の誇りをかけたものであり、リオトに対して真剣に向き合っているのだということを、彼は感じ始めていた。
どこかで、リオトは感じていた。
最初は
殺意というもの。
だけど、この白狼公ガルディウスとの戦いは、一方的だった。
だが、だんだんといなし始め、見えてきて、それでも押される戦いに、リオトはどこか
――時間をかけた。
ゲームをしているのにストレスを感じながらも幾度となく挑んだボスNPCが率いる勢力との戦い。強化されたレジェンドユニット率いる軍勢との戦い。時間を惜しまず楽しんだ。
楽しい記憶を思い出させてくれた。
もう少し、何か後一手があれば――。
だが、相手は試練を課すものと名乗るモノ。リオトの成長を悠長に待ってくれるほどやさしい存在ではない。
この戦いにベットするのは自分自身の命と仲間の命。
「俺は、負けられない……!」
リオトは自らの王ユニットとしての力を信じ、守りを捨てることに決めた。剣を構え、ガルディウスの突進に向かっていく。
「うぉおおおおおおおおおおお!」
ガルディウスの巨大な爪がリオトに迫る。
リオトは剣を構え、ガルディウスの攻撃を受け止める。そして、踏ん張る足で地面をえぐりながらその突進を止めた。
「まだだ……!」
リオトはそのまま右アッパーを繰り出し、ガルディウスの巨大な顔を殴りつけた。小さな青年の体に宿る力は、王の力。レジェンドユニットを従える力。
『クハッ!?』
ガルディウスは思わぬ攻撃に思わず笑みをこぼしながら食らい、顔を大きく上に打ち上げられ、引っ張られるように上半身が浮いた。
(やっぱり……俺は戦える!)
リオトは確信する。自分の身体能力は、ゲームの王ユニットとしてのステータスを反映している。ならば、高い体力と防御力を押し出して、攻撃に転じるしかない。気力さえあれば、立ち上がれる。あきらめなければ、足は進む。
「うぉおおおおおおおおおお!」
力任せに剣を振り下ろし、ガルディウスの顔に叩きつける。しかし、その分厚い毛皮は攻撃を通さず――だがリオトはお構いなしに打撃武器のように剣を叩き続けた。
ひたすらに。
がむしゃらに!
『どこにこれだけの力を……!だが、
ガルディウスは驚き、後方へと飛び退く。
だが、その目にはまだ余裕があり、彼はリオトを見据えながら、再び立ち向かってくる。
『いいぞ......いいぞ、これでこそ勇者よ! これでこそ試練!これこそ
勇者は剣を構え、駆け出す。
「うぉぉおおおおおおおおおお!」
**********
ベルノスはリオトの成長を目の当たりにし、彼が戦士として覚醒していく姿に目を見張った。
リオトとガルディウスの戦いを見守りながら、隙を
戦いに入れない自分に悔しさを感じつつも同時に、あのガルディウスの猛攻を凌ぎ、そのなかでも対応しつつあるリオトの成長にベルノスは鳥肌を覚える。
(戦いの中で、成長なさっておられる......!)
ガルディウスの猛攻。
地面は抉れ、土塊が雨となり降り注ぐ。
その動きの一つ一つが風を
その砂嵐の中、白い巨体に向かい、身一つ剣一本で真っ向から立ち向かうリオト。
彼の剣は猛攻を受けて傷だらけ、踏ん張る両足は地面に埋まり、抉れた地面と二足の深い足跡が軌跡をのこし、それを中心として四本の強大な
それが、この戦いの激しさを物語る。
まさに、神話に登場する化け物と英雄の戦いだった。
――だが、今回は分が悪かった。
リオトは一つ、忘れている。
かの世界でも、この世界でも、
そして、ステータスの上昇。
それは、単純な足し算や引き算ではない。
リオトは忘れていた――いや、理解しきれていなかったのだ。
今、彼が立ち向かっているのは――
もし
――ネームドボス 『
それは、リオトの想定を超える試練だった。
**********
リオトはいつの間にか、ベルノスが切り取った森の外縁にまで押しだされていた。
彼の呼吸は荒く、全身が痛みで悲鳴を上げている。それでも、彼の目には決して諦める姿勢はない。だが、彼の身体には確実にダメージが
風が激しく森を吹き抜け、木々がざわめく。リオトの足元では、無数の小動物が震えながら茂みに身を隠し、空では鳥たちが不安げに鳴きながら飛び回る。森の生き物たちも、この戦いの異常さを感じ取っていた。
彼の心には、またしても孤独な戦いの記憶がよぎる。どこから来たのかもわからず、何もわからぬままこの異世界で生き延びてきた。
だが、ここで倒れるわけにはいかない――まだ見たい、この世界を。まだ生きなければならない。自分が愛した
その思いが彼の胸を燃やし、ぼろぼろの体を何とか動かしていた。
「くそ……どうすれば……!」
リオトは焦りながらも、ガルディウスの圧倒的な力の前に立ち向かう術を探していた。
白狼公の一撃一撃は、地面を抉り、空気を切り裂く。それに対して、リオトの攻撃は届いてはいるものの、その巨体に刻まれた傷は浅く、致命傷にはほど遠い。
『よくやるな、勇者よ……だが、私を倒すにはその程度では足りぬ......』
ガルディウスの声には確かに挑発の響きがある。しかし、その声の奥には、どこか
「リオト様、まだ終わっていません!今、助けます!」
ベルノスがすかさずガルディウスの背後に回り込み、杖を振りかざす。
彼の呪文が再び唱えられ、黒い炎の刃が
「アビサル、ブレイド......っ!」
黒い炎の刃がガルディウスの巨体を襲う。
だが、攻撃が届く前に、ガルディウスは瞬時にその場を離れていた。
ガルディウスは、リオトを待っていたのだ。自分を倒し、運命を切り開くモノを。
だが、まだリオトは未熟だった。彼が宿命を果たすには、もう少し時間が必要だ。
しかし、ガルディウスはその戦いを望み、同時に終わりを恐れていた。
『貴様がこの試練を乗り越えるか、それとも屈するか……獣か、人か。試練か、勇者か。さぁ、答えを!』
ガルディウスの咆哮が響き渡り、森の木々が震え、鳥たちは空高く逃げ去っていく。リオトのぼろぼろの体もその声に震える。
(この試練、乗り越えなければならない……ここで終わるわけにはいかないんだ!)
「リオト様、大丈夫ですか!」
ベルノスが声をかける。だが、リオトは苦しげな表情のまま、静かに答える。
「問題ない……!」
そう言いつつも、彼の疲労は限界に達していた。
森を吹き抜ける風が冷たく肌にしみ、彼の額には汗がにじんでいた。
あとどれだけ持ちこたえられるのか?せいぜい数分だろう。ベルノスの援護を受けているが、彼も限界が近い。
頭に上っていた血が徐々に冷め、リオトは急に冷静さを取り戻す。
自身の心臓の鼓動だけを静かに感じていた。
――カードを切るしかない。
リオトはパネルを開き、手札を確認する。
「深淵からの贈り物」か、「邪神の封印」か。
深淵からの贈り物は、一時的にユニットを強化するが、その代償として、効果が切れた後のステータスが大きく下がる。今、誰もが傷を負い、限界に近い状態では、リスクがあまりに大きい。
(深淵の贈り物は、今使いたくない……となると、これしかない!)
リオトは迷うことなく、パネルに映し出されたカードに目をやった。
(だけど、これは
この状況を打破する可能性があるとすれば、これしかない――。
もし、このカードでもダメなら、全員で総攻撃をかける覚悟で挑むしかない。
だが、それでは誰かが死ぬことになる。
そんなことは絶対に避けたい。だからこそ、この賭けに出るのだ。
リオトは息を呑み、決断した瞬間、緊張がピークに達する。心臓が激しく鼓動し、鼓膜にまで響くようだ。だが、全身が痛みに悲鳴を上げる中でも、彼の目は決して揺らがなかった。
「……邪神の封印!」
リオトの震える声がその場を切り裂くように響く。ガルディウスを睨みつけたまま、彼の指先がパネルのカードに触れる。手の中の熱が伝わるように、確信と共に力強く選択する。
「……来い、邪神ッ!」
瞬間、闇の気配が空間を満たす。リオトの宣言と同時に、まるで世界そのものが応えるかのように、空気が一変した。大地が低く唸りを上げ、空が黒く染まり始める。空を切り裂くような深紅の閃光が四方八方に走り、辺りの木々が音もなく揺れ、まるで生命そのものが逃げ去るかのように、静寂が訪れる。
目には目を、歯には歯を、運命には神を。
――