新たにに深淵の使徒ネームド・ベルノス、深淵の従僕、邪神のしもべ、ナイトシャドウ・ウルフを連れて、リオトたちは拠点を築ける場所を探すために移動を開始した。
リオトは移動しながらも手札を確認する。
手札には、既に召喚済みのユニット以外にすぐに使えるカードはなく、残っているのは全てスペルカードのみ。
スペルカードには敵を直接攻撃するものもあるが、今手元にあるのは全てユニットを一時的に強化したり、敵の行動を封じるなどといった特殊なものばかり。
「スペルカードが4枚......
デッキからカードをドローするためのカードがあればよいが、今はそれも手元にない。
カードを引けるのは1日1枚。それがもどかしい。
拠点さえ築けば、カードがなくてもやり繰りできる。
しかし、深淵の従僕と同等の低位のユニットなら生産できるようになるが、内政や軍備の整備には時間がかかる。
「早く拠点を造らないと......でも、ここはゲームじゃない。慎重にならないと......」
拠点を造ること自体は、難しくない。
リオトはパネルで確認し、パネルにはステータスや所持品、ユニットなどの他に、ミッション2を受けた時から「建築」の項目が増えたことに気づいていた。
ただし、拠点は簡単に作っていいものではない。
周囲の環境や資源を考慮する必要がある。
速攻型で都市を建てて低品質な物量戦を仕掛ける手もあるが、それは「EDD」のように慣れたゲームだからこそできることであり、また敵が居るということを見えているからである。
速攻型戦術は特定のマップで非常に有効だが、慣れと経験が必要だ。
結局のところゲームだからこそパターンを読めるのだ。
しかし、ここでは何が敵で、どんな資源があるのかも分からない。
(
食料も森なら豊富なはずだ。
小動物も狩れるだろうし、有機素材も確保できる。
水源や石材、さらには鉄鉱石や銅が取れるような場所があればなお良いが、まずは
いや、できれば防衛に有利な岩場や山も欲しいところだ.......)
そんな
「はは……これじゃあ、絵に描いたような支配者だな……」
王の役割を突然与えられたリオトは、無理な願いを思い描き、苦笑する
ただ、喜ばしいのはベルノスという頼もしい仲間を得たことだ。
意思の
冷静であり、戦闘力も優れている。
これほどの存在を異世界で最初に得られたのは強運だろう。
ベルノスのような強力なユニットがいれば、よほどの強敵が来ない限り戦えるだろう。
攻撃力も高く、体力もタフだ。
さらに、深淵の従僕、邪神のしもべ、ナイトシャドウ・ウルフがいるのも大きい。
広範囲攻撃を持つ敵が出てこなければ、従僕たちも活躍できる。
しかし、リオトは不安を覚えていた。
取り戻した過去の記憶では、大自然の中に入った経験はない。
ナイトシャドウ・ウルフの襲撃が、その不安をさらにかき立てていた。
一匹なら対処できたが、
また、
もし、ユニットが時間経過で回復しないなら、どうする......。
もし、しない場合は回復手段を用意しなければ積む。
それは、毒物や状態異常も同様だ。
拠点を築けば医者や薬師を確保できるはずだが、今はそれがない。
ふと、リオトは考えを巡らせる。
「ベルノス、聞きたいことがあるんだけど」
「はい。何でございましょうか?」
「ベルノスは、傷を癒したり、解毒する呪文は使えるのか?」
「はい。可能でございます」
「本当かっ!」」
リオトは思わず声を上げ、ガッツポーズを取った。
これは大きな発見だ。
深淵の司祭は
ベルノスが回復能力を持っていることは、現実に召喚されたことで新たに得た力なのかもしれない。
「えっと、ベルノスが使える呪文について教えてくれ」
「かしこまりました」
ベルノスから教わった呪文は、すべて低位のものらしいのだが、非常に有用だった。
軽い外傷を癒す『ヒール』、
麻痺や毒、頭痛などを取り除く『ステータスヒール』、
状態異常の呪いを解く『カースブレイク』
物理攻撃や魔法攻撃を軽減する『シールド』、
そして周囲を照らす光を生み出す『ライト』。
リオトは涙が出そうなくらい喜んだ。
「すごいよ!本当にすごい、ベルノス!」
「リオト様のお役に立てるのであれば、何よりでございます」
ベルノスは微笑み、リオトは喜びをかみしめた。
**********
しばらく歩いていると、ベルノスが静かに立ち止まった。
まるで一瞬で空気が変わったかのような張り詰めた気配。
ナイトシャドウ・ウルフも不安げに鼻をひくつかせ、耳をピクピク動かしている。
「……何かいます」
ベルノスの表情が硬くなり、リオトに合図を送る。
リオトは、思わず背筋が凍りついた。
体中が急に冷たくなる感覚に襲われ、息を詰まらせる。
視線を前に集中させ、何が来るのか分からない恐怖が徐々に押し寄せてくる。
(すごく……嫌な感じだ)
周囲の空気が重く、嫌な予感がリオトの背中を押しつぶすかのようだった。
すると、ナイトシャドウ・ウルフが唸りだした。
「ガルルルルルッ!」
ベルノスは冷静な表情を保ちながら、素早く杖を水平に構え、片足を一歩前に出した。
そのまま、地面にゆっくりと杖を突き刺すように押し出し、深い声で呪文を唱え始めた。
杖の先からは黒い煙のような魔力が漏れ出し、瞬く間に周囲を包み込んでいく。
「漆黒の虚空よ、永遠の闇を裂きて我が呼び声に応えよ。深淵の底に眠りし炎よ、今ここに顕現せよ。万象を焼き尽くす黒き裁き、その一閃で全てを滅ぼせ……アビサルブレイドッ!」
低く重い声で詠唱が響き、ベルノスが杖を掲げると、空気が震えたかのように感じられた。
彼が杖を一閃ーつい数時間前にナイトシャドウ・ウルフを
リオトは、最初の襲撃と異なる、ただ『様子を見て待つ』というこの状況が精神的に不安になり、思わず息を飲んだ。
「リオト様、今から何かが来ます。私の後ろに下がってください。」
ベルノスが鋭い声で命じた瞬間、リオトは冷たさが背中に広がり、動けなくなるような感覚に陥る。
前に進もうとした足が止まり、何か大きなものが動く気配を感じた。
「ッ……!」
草むらの向こう、何かが音もなく動いている。
息を詰まらせたリオトの耳には、わずかな揺れと、草を踏む微かな音だけが聞こえた。
――ガサッ。
突然、大きな音が鳴った。周囲の草木がざわめき、リオトの足元まで伝わる振動が、次第に強くなる。
リオトの心臓が大きく
脈が早まり、全身に冷や汗が
(何だ……この感じ……!)
ベルノスは冷静に状況を把握しているが、リオトは頭の中で混乱し、呼吸が浅くなる。全身が緊張に包まれ、体が動かなくなる感覚。
次の瞬間、周囲の草木が激しく揺れ、いくつもの影が現れた。
大小さまざまな光沢のある銀色の毛並みを持つ狼たちが、音もなく囲み込むように現れる。大きいものはナイトシャドウ・ウルフよりも一回り大きい。
「囲まれている……?」
「はい、リオト様。大物が一匹、小物が八匹ほどです」
リオトの言葉に、ベルノスが冷静に答えたが、リオトの胸には不安が広がっていく。
だが、それは序章に過ぎなかった。
そして――森の奥から
「……ッ!」
リオトの目が大きく見開かれた。
草木を、地面を揺らしながら、森の奥からゆっくりと姿を現したのは、まさに異形の存在だった。
大きな2本の角を頭から生やした真っ白な巨狼が、静かにその巨体を持ち上げ、リオトとベルノスを見下ろしている。
その狼は全長4メートル近くもあり、体高もベルノスの身長である2メートル以上もある巨大な体躯を誇り、光を反射しない純白の毛並みと鋭い黄金の瞳、そして首元に光る銀色の装飾品がただの大きな狼ではないと、異様な威圧感を放っていた。
(……これは……!)
リオトの全身に鳥肌が立つ。
恐怖ではなく、その圧倒的な存在感に体が震えた。
――
―‐最高位ランクに位置するレジェンドユニット
名前は確か......
「あぁ……まさか......自然デッキのレジェンドユニット............
――森を守護する
リオトの脳裏に、
リオトの使う
特に、森林地帯における戦闘能力にバフがかかる。
そして、今目の前に立ちはだかる――最も敵に回したくない存在が、リオトとベルノスを静かに睥睨していた。
その瞬間、リオトの前に緊急クエストが表示された。
ピコンッ。
《緊急クエスト!
森の試練。森を縄張りとする白狼公の群れを撃退、または討伐せよ!》
リオトの前に、試練が突き付けられた。