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異世界カードストラテジー
小鳥遊ちよび
異世界ファンタジー内政・領地経営
2024年10月12日
公開日
63,034文字
完結
「記憶も、運命も、全てが一つに交わった。……ならば、もう迷うことはない。俺がやるべきことは、全て取り戻すことだ……過去も、仲間も、この世界も!」

目を覚ますと、青年リオトは見知らぬ世界にいた――かつて夢中で遊んでいたリアルタイムストラテジー×カードゲーム「Ethereal Deck Dominion(エーテリアル・デック・ドミニオン)」の力を、まるで自分のもののように扱えることに気づく。手元には初心者用デッキと、パネルから表示される案内が現れ、断片的に記憶が蘇る。しかし、ここはゲームの中なのか、またはあのゲームの世界そのものなのか? それとも全く異なる別の世界なのか? 真実は霧の中だ。リオトは自分の失われた記憶と、この世界の謎を解き明かすため、現れる「ミッション」に従い、戦い抜くことを決意する。

リオトは、ゲームのキャラクターたちと触れ合い、彼らの力を借りながら成長していく。仲間たちと共に、自らの国を築き上げ、平和を守るために奮闘する。しかし、その裏には、より大きな謎が隠されていた。

「誰がこの力を与え、何を望んでいるのか?」

すべてが一つに交錯し、リオトは記憶の断片を集めながら、迫り来る試練と謎に挑む。仲間と共に国を築き、未知の敵と対峙する中で、彼は自らの過去と、隠された真実にたどり着けるのだろうか――?

第1話 目覚め


黒い狼が息絶えた一瞬の静寂の中、その死骸を見つめ、俺はこの世界が自分の知るものとは異なることを、はっきりと実感した。



**********



冷たい感触がほほに触れ、一人の青年が目を覚ましたのは、冷たく湿しめったきりが立ち込める深い森の中だった。


視界に広がったのは、見慣れない巨大な木々――そして立ち込める濃い霧。


その周囲は、濃密な霧に包まれ、まるでこの世界そのものが彼を拒んでいるかのように、肌にまとわりつく。


湿った地面に横たわっている自分の体に気付き、思わず上半身を起こす。寒さに反応して背中を丸めた。


呼吸をすれば冷たい空気が肺を満たし、寒気が背筋をけ上がる。


巨木が幾重いくえにも立ち並び、視界をおおい隠し、みきはまるで空をもつらぬかんばかりに高くそびえている。


あたりは音もなく、命の気配すら感じられない。


「ここは……どこだ?」


彼の口かられた言葉は、霧の中に吸い込まれ、かき消される。


辺りを見回しても、見知らぬ森が広がるばかりで、何の手がかりもない。


「なんで森の中なんだ......?」


起き上がり、体を軽く伸ばす。地面に冷たく湿った感触が残っていた。自分がどうして森の中で眠っていたのか、さっぱりわからない。何が起きているのか?


不安が彼の胸を締めつける。


リオト――それが自分の名前だと気づくのに時間はかからなかった。


「名前......だけど……それ以外のことが……」


名前は思い出せた。だが、それ以外の記憶がおぼろげであることに気づくと、恐怖がじわじわと胸に広がる。


自分が誰なのか、どうしてここにいるのか、まるで思い出せない。


視線を下げると、着ているのは見覚えのある学生服――学ランだ。

学生だったことはわかる。でも、それ以外の記憶はもやがかかったようにぼんやりとしている。自分がここにいる理由も、どうして森にいるのかも、まるで思い出せない。


あたりを見渡すも、何もない。

いや、正確には、鬱蒼うっそう繁茂はんもする森が目の前に広がっている。


この森はあまりにも巨大で、長い年月、誰の手も加えられていないことが素人目でもわかった。


樹齢いくつだろうか――その答えをさぐすべはない。時間の感覚さえ曖昧あいまいだ。


「いったい……何が起きてるんだ……?」


恐怖と不安が次々と押し寄せ、青年の頭の中をぐるぐると駆け巡る。


だが、その思考を断ち切るように、「」と電子音が鳴り響いた。


「……え?」


それは、耳伝いではなく、直接脳内で聞こえたような感覚。


驚いて顔を上げると、目の前の空中に突如として電子パネルのようなものが浮かび上がっていた。まるで夢を見ているような感覚に襲われる。けれど、確かにそのパネルは存在している。


リオトはパネルに目をらした。


《異世界へようこそ!第一章:新たなる旅立ち!

ミッション1:デッキを選び、眷属けんぞく召喚しょうかんせよ!》


「……なんだこれ?」


一瞬、意味がわからなかった。これはゲームの画面……いや、でも、こんな現実感のあるゲームなんて聞いたことがない。手を伸ばしてパネルを触ろうとするが、指先が空を切る。


「これ……まさかバーチャルリアリティVRゲームか?」


そんな技術があっただろうか。現代の技術で、ここまでリアルなものを再現できるゲームなんて聞いたことがない。草木の匂い、霧の冷たさ、足元に感じる地面の感触――どれも現実そのものだ。


「でも、こんな技術は俺は知らない……」


混乱する頭を押さえながら、リオトは再びパネルに目を向けた。まるで夢のような状況だが、現実であることには違いない。


「ゲームの世界に取り込まれた……ってことか? いや、そんなバカな……」


ありえない。けれど、目の前の現象は確実に異常だ。何が起きているのか理解できない中、唯一の手掛かりはこのパネルだ。デッキを選び、召喚をしろと言われている。まるで、ゲームの中のように。


やるしかない――直感的にそう感じた。


恐怖が次第に、焦りへと変わっていく。

目の前の状況を理解しようと、必死に考えを巡らせるが、答えは見つからない。


「……やるしかないのか……」


奇妙で、現実感がない状況に、不安と恐怖はさらにつのる。

もう一度、パネルに向けて手を伸ばすと、今度は黒い長方形のシルエットが五つ現れた。


それぞれの中央には「はてな」マークが浮かび上がっている。

どうやら、これが「デッキ」と呼ばれるもののようだ。


リオトはその中の一つに触れてみる。

実感はないが、選ばれたことは直感的に理解できた。


瞬間、パネルが輝きを放ち、選んだデッキが視界に広がる。


「これは……EDDエデドか?」


そして同時に、猛烈もうれつな頭痛がリオトを襲い、かつて夢中になったゲームの記憶が鮮明せんめいよみがえった。


視界に広がるのは、かつて彼が熱中していたカードゲーム――「Ethereal エーテリアル Deckデック Dominionドミニオン」、略してEDD(エデド)のカード群。


「これ……EDDエデドだ……」


自分の手で選んだデッキや戦略が次々と脳裏に蘇る。

だが、思い出すのはゲームに関することばかりで、この世界についての答えは見つからない。


異世界なのか?こんなことが起きるなんて――いや、まさかとは思うが、何かが起きていることは間違いない。


混乱する思考を必死に整理しながらも、彼は視界いっぱいに広がるカードに目を向ける。


「これは……邪神じゃしん覚醒者かくせいしゃデッキ……」


再び「ピコンッ」と音が鳴り、パネルに新たなメッセージが表示された。


《リオトは|深淵《しんえん》文明・アビスを選びました》

《深淵文明デッキ『邪神の覚醒者』が解放されました》


深淵文明――それは、ゲーム内で敵キャラクターが使う強力なデッキであり、文明。

プレイヤーが使用できるようになったのは、ゲームリリース後、かなり後になってからだ。


文明は、各プレイヤーが操作する国家や民族であり、それぞれ独自の文化や戦略を持つ。そして、デッキとは、その文明の力や戦略を詰め込んだカード群である。


《一日目。初期手札6枚をデッキから手札に加えます》

《明日以降、日付が変わるたびに1枚、自動でデッキからカードを加えます。》


目の前には、6枚のカードが手札として表示された。


――――――――――


**深淵しんえん司祭しさい**

種類: ユニット(ハイレア)

攻撃力:4

体力:6

説明: 邪神に仕える司祭。召喚時に「深淵しんえんのしもべ」を3体召喚する。


――――――――――


**邪悪じゃあくなしもべ**

種類:ユニット(レア)

攻撃力:3

体力:2

説明: 邪神の力で召喚される低級な使い魔。


――――――――――


**やみごえ**

種類:スペル(レア)

説明: 指定した場所に闇の霧を発生させ、範囲内の敵ユニットの行動を一時的にふうじる。


――――――――――


**深淵しんえんからの贈り物おく もの**

種類:スペル(ハイレア)

説明: ユニットの攻撃力+2、防御力+1を短時間強化するが、効果終了後にペナルティが発生する。


――――――――――


**邪神じゃしん封印ふういん**

種類:スペル (ノーマル)

説明: 名に邪神と付くユニットカードをデッキから一時的に召喚し、その後フィールド上で封印。

封印が解けると、邪神はプレイヤーの味方として戦う。対象のカードがない場合、デッキからカードをランダムに一枚手札に加える。


――――――――――


**ほろびの聖域せいいき**

種類:スペル(ノーマル)

説明:特定のエリアを破壊し、その場所に滅びの領域を作り出す。


――――――――――


「やっぱり……これはゲームの中か……?」


彼は目の前のカードを見つめながら、自分がどこにいるのか、本当にゲームの世界なのか、それともまったく別の現実なのかという葛藤かっとうに囚われる。


しかし、この状況で立ち止まっていても仕方がない。

彼はゲームの経験に従い、冷静に次の行動を考えることにした。


《続いて、リオトの称号:|深淵《アビス》文明の王・邪神の神子みこを獲得。また、種類:ユニット【王】のステータスを獲得します》


《リオトのステータスを開示します》


――――――――――


リオトのステータス画面

名前: リオト

種族: 人間(深淵アビス文明の王)

属性: 闇

レベル: 1

次のレベルまでの経験値: 0/1000XPエックスピー

攻撃力:6 (4+2)

体力:14

防御力:1 (0+1)


装備

武器: 初心者用 鉄の剣(攻撃力 +2)

防具: 学生服(防御力 +1)

アクセサリー: なし

称号:深淵アビス文明の王・邪神の神子みこ


――――――――――


「……強い」


リオトは、驚きとともに自分に与えられたステータスを確認する。EDDのゲーム基準では、一般人の攻撃力も体力も1未満程度。これを考えると、彼のステータスは情人をはるかに凌駕りょうがしている。


ただし、ゲームに出てくるような魔物や盗賊、強力な敵との戦いを想定すれば、圧倒的な力とは言い難い。彼のステータスは、強者の部類に入るが、これだけでは無敵とは言えない。


彼は自分に与えられた「王ユニット」としてのステータスが体内に刻み込まれた瞬間を感じ取った。


この体は、かつての自分のものとは違う。

そう、不確かではあるが感じる。


「……これが、王の力か......っ」


青年は自分で呟いてしまった言葉に、一人であるのに恥ずかしくなりながらも、現実で「王」としての力を持つという不思議な感覚が、徐々に彼を包み込んでいく。


ふと腰に手を伸ばす。

そこには、いつの間にか装着されていた「鉄の剣」の感触があった。


重厚なさやに収められたその剣は、彼にまるで自分が本物の戦士であるかのような感覚を与える。


彼は恐る恐る剣を鞘から抜き出し、その冷たい輝きを眺めた。刃は鋭く光を反射し、まさに武器としての存在感を放っている。


「これ……本物?」


彼は自分が夢を見ているような感覚に襲われながら、剣の重量を確かめるように振ってみるが、ふらいついてしまう。想像よりも重心というものの大切さに気付く。


「......重い」


確かにそれは現実のもので、命を刈り取る重みと共に目の前に存在していた。


再び、慎重にその剣を鞘に収め、深呼吸する。

これから先、彼がこの剣を使うことになるかもしれない――その予感は、現実の重みを彼に押し寄せさせた。


この力と剣を使えば、自分はどこまで戦えるのか――そう考えると同時に、自分が戦わなければならない状況にあることを自覚し、恐怖も感じた。


「俺が戦うのか……? 本当に……?」


EDDエデドにはプレイヤーの分身たる王と呼ばれるユニットが存在する。


王が死ぬとゲームオーバーであるため、王は絶対に守らないといけない。


かつてゲーム内で王ユニットを操り戦ったことはあっても、現実に自分自身がその役割を果たすとなると話は別だ。


ゲームだとして、復活できるのか?どこに?

この世界では、命の重みは?現実だったら?

負ければ、すべてを失うかもしれない……。


静寂が支配する森の中、漠然とした不安が彼の胸に広がり始めた時だった。

再び「ピコンッ」と音が鳴り響き、目の前のパネルに新たなメッセージが表示される。


《第一章:新たなる旅立ち!

ミッション2: 眷属であるユニットを召喚して戦いに備えよ。

※王ユニットリオトの体力が0になった場合、リオトは死亡します。》


"死亡"という文字が浮かび上がり、リオトは背筋に冷たい感覚を覚えた。


「……試すしかないか……」


その文字を見つめるたびに、胸の奥に怯えが募る。まだ何も始まっていないはずなのに、死の影がすぐそばにあるかのようだった。


彼はパネルに浮かぶ選択肢を見つめ、決断する。


戦う力が必要だ――この先何が待ち受けているのかは分からないが、準備を怠れば命を落とす可能性がある。それを避けるために、いま力を手にしなければならない。


現在の手札が表示されている画面から、ユニットの中でステータスが高い「深淵の司祭」のカードを選ぶ。


《深淵の司祭を召喚しますか? はい/いいえ》


「......はい」


リオトは「はい」を選択し、瞬間的にカードが輝き始める。

そして、黒い影が目の前に現れ、やがてそれは人型へと形を成し始めた。


巨大な異形の男――深淵の司祭が、まるで霧から生じたかのように、その姿を現した。


「深淵の呼び声に応じ、我があるじの前に参じました。我が主よ、いかなる命令もお受けいたします……」


その声は低く、冷たく響き、空気を震わせるように静寂を破る。


深紫ふかむらさき漆黒しっこくが交じり合う鱗のような肌に、黄金に輝く獣のようなひとみが、まるで底知れぬ闇を映し出しているかのように冷たさを帯びていた。


黒を基調とした祭服さいふくには、深淵のシンボルと古代文字が金色に刺繍ししゅうされ、威圧感を放っている。右手には、渦巻く闇の力を秘めたクリスタルがめ込まれた黒い杖を握っている。


その姿からは、邪神の従者としての威厳いげんと絶大な力がにじみ出ていた。


一言で表現するならば、怪しげな黒いローブに包まれた、蛇顔の大男。


「……俺の、眷属……?」


目の前に現れた異形の存在は、ゲームの中ではただのキャラクターだったが、今は目の前で実際に動き、話している。


「これは……現実なのか?」


リオトはその姿を前に、一瞬圧倒されたが、平静を装い声をかける。


「えっと……深淵の司祭、よろしく……?」


司祭は冷静に青年を見つめ、その黄金の瞳にわずかに柔らかさが宿る。

そして、跪くように片膝をつき、低く深い声で返答した。


「我があるじあるじ、リオト様。貴方は深淵文明の王であり、邪神の神子であらせられる。この身、この力、全てを貴方にささげます。いかなる命も、御意のままに……」


青年はその言葉に一瞬戸惑ったが、その忠誠心を感じ取り、少し安心したようにうなずいた。


「そ、そうか……頼りにしてるよ、深淵の司祭」


深淵の司祭は無言で再び立ち上がり、杖を地面につき堂々と構える。

その姿はまさに、彼を守るために現れた存在であり、るぎない忠誠を誓っていた。


彼が深淵の司祭を召喚し、ようやく一息ついた瞬間、目の前にパネルが表示された。

そこには、先ほどのミッションのクリア通知が光っている。


《ミッション1クリア!》

《クリア報酬:デッキ拡張パック ×1を獲得しました》

《クリア報酬:+500XPを獲得しました》


「報酬……?」


青年はその画面を見て、わずかに安心感を覚える。

眷属を召喚し、ミッションをクリアしたことで、少しずつだがこの世界での立場を理解し始めていた。


――今の自分はEDDゲームにおける王として演じるプレイすることを求めらている。


「デッキ拡張パックか……次の戦いに備えるために、これも重要だな」


リオトはパネルに表示されている『デッキ拡張パック』の選択肢をタップしてみたが、目の前に表示されたのは無情にも「現在は利用することができません」のメッセージだった。


「……なんだよ、今は使えないのか……」


少し不満げに呟きながら、パネルを閉じる。

次に、現在使用中のデッキの内容を確認しようとするが、こちらも表示されない。


「デッキ内容も確認できないのか……」


青年はため息をつきながら、デッキを選んだ時に目の前に広がったカードたちのことを思い出す。


(あれがデッキの内容ってことか……少しは覚えてるけど、詳しく確認できないのは不安だな)


胸の中でほんの少しの焦りと期待が交じりながらも、次のミッションについて考える。


「次のミッションはなんだ......?」



**********



「よし……これでそなえはできた……」


リオトは自分に言い聞かせるように呟いた。

手札のカードについても効果を確認し、パネルの使い方についても一通り理解した。


司祭がいることで、少なくとも一人で戦うという孤独な恐怖は少しやわらいだ。

だが、その安堵は長くは続かなかった。


霧の中から低く唸る声が響き渡った。

彼は全身の毛が逆立つような感覚に襲われながら、反射的に身構える――何かが近づいてくる、凶悪な気配がする。


「なんだ、あれ……?」


その瞳は獲物をじっと睨みつけ、狂気に満ちたような光を宿していた。そして、次第に霧をくようにその姿が現れた。


姿を現したのは、漆黒の毛並みをまとった巨大な狼。

体長は2メートル、体高は1.2メートルほど。人間の大人よりも大きい。


だが、その黒い毛は光を一切反射せず、木々が生み出す森の影の一部のように滑らかに動き、狼の姿をぼんやりと霧に溶かしている。


その赤い目は血に飢えた捕食者のようで、まるで魂を覗き込むようにリオトを見据えていた。


狂気が宿る瞳が鋭く光るたび、リオトはまるで心臓が鷲掴わしづかみにされたような恐怖に襲われる。


霧の中から現れるたびに、巨大な体が低く構え、まるでその場に吸い込まれそうな静かな威圧感を放つ。


前足は太く筋肉質で、鋭い爪が地面を掴むたびに不気味な音が響く。


黒い狼の動きはまるで影のようで、体躯たいくの大きさを感じさせないほど軽やかだ。


その存在自体が霧と闇の中で一体化し、周囲にただならぬ緊張感を生み出していた。


リオトの心臓は激しく脈打つ。まるで喉元まで跳ね上がり、息が詰まるかのように。


「ッ!.....違う……こんなの、知らない……」


黒い狼の瞳には狂気と戦意が混在しており、そのまま飛びかかってきそうな勢いだ。


「これは……ゲームじゃない!?」


凶悪な牙を見せ、口元からわずかに唾液が垂れる。


それは、今まさに獲物を前にし、捕らえようとする捕食者そのもの。


その時――


ピコンッ!


《緊急クエスト!

ナイトシャドウ・ウルフを討伐せよ!》


リオトは思わずクエスト通知に目をやるが、その緊急性に頭が追いつかない。


「くっ……今さらクエストなんて……!」


「(前もって教えてくれ......!)」


だが、目の前のナイトシャドウ・ウルフが完全に青年を狙い定め、じわりと距離を詰めてくることが、現実を否応なく突きつけた。


彼はその圧倒的な存在感に押され、思わず後ずさるが、逃げ場はない。


ナイトシャドウ・ウルフは、完全に獲物を狙い定め、じわりと一歩、また一歩と距離を詰めてくる――。


その時、深淵の司祭は、青年を守るように素早く彼の前に立ち、狼の前に立ちはだかる。


その動きはまるで無駄がなく、リオトは彼に全幅の信頼を置けることを感じた。


だが、今は深淵の司祭がいる――彼はその存在に頼りつつも、手は自然に腰の鉄の剣へと伸びた。


「俺も、戦わないと……!」


恐怖に震える身体を無理やり動かし、リオトは鉄の剣の柄をしっかり握りしめた。

だが、震える手では鞘から剣を引き抜くことすらできない。


「くそ……!」


焦りと恐怖が絡み合う中、ナイトシャドウ・ウルフはゆっくりと彼に向かって歩み寄ってくる。


全身に冷たい汗が流れる。違う、これはただのゲームじゃない。


これは――異世界だ。そう認識した瞬間、リオトは恐怖で動けなくなった。


「俺……どうすれば……!」


狼がゆっくりと距離を詰めてくる。


青年は深淵の司祭に命じるしかなかった。


「深淵の司祭! あの狼を倒せ!」


「御命令、かしこまりました!」


深淵の司祭は右手に握った漆黒の杖を高く掲げ、呪文を唱え始めた。


「漆黒の虚空よ、永遠の闇を裂きて、我が声に応えよ。深淵の底より生じし力よ、今ここに顕現せよ……アビサルブレイドッ!」


ベルノスの杖が光を集め、その先端に闇が凝縮されていく。


時間が止まったかのような静寂の中、リオトはその瞬間を見逃さないように目を凝らした。


そして、次の瞬間――杖から黒い刃が放たれ、ナイトシャドウ・ウルフを一閃した。


黒い炎が狼の体を切り裂き、地に倒れる。


その巨体は動かなくなった。



**********



リオトは、あれほど大きく恐ろしい狼が一瞬で倒れたことに、驚きを隠せなかった。


「……すごい」


深淵の司祭は、まさにゲーム内で見た通りの強さだった。

いや、それ以上だった。


今はただのキャラクターではなく、現実に存在する圧倒的な力を持つ存在だ。

そして、彼の目の前で血を流して倒れる黒い狼・ナイトシャドウ・ウルフ。


「ここは……異世界なんだ......」


彼はようやく理解した。この世界は、ただのゲームの中ではない。本当に、異世界だったのだ。


結局、リオトは剣を引き抜くことすらできず、ただ目の前の状況に圧倒されていた。

そしてパネルを確認すると、得た経験値や報酬が次々と表示されていくのが見えた。


――――――――――


《ナイトシャドウ・ウルフを倒しました。》

《ナイトシャドウ・ウルフ討伐: +500XP獲得しました。》

《緊急クエスト!ナイトシャドウ・ウルフを討伐せよ!:をクリアしました。》

《クリア報酬:+500XPを獲得しました。》

《クリア報酬:闇狼の討伐者を獲得しました。》

《経験値が一定以上溜まりましたため、レベルアップします。》

《リオトのレベルが1から2に上がりました!》

《討伐報酬:ナイトシャドウ・ウルフの影の毛皮を獲得しました。》

《討伐報酬:ナイトシャドウ・ウルフの黒爪を獲得しました。》

《討伐報酬:真紅の獣眼を獲得しました。》

《討伐報酬:汎用カード・ナイトシャドウ・ウルフを1枚を獲得しました。》

《ボーナス報酬:汎用カード・ナイトシャドウ・ウルフが解放されました。》

《レベルアップ報酬:新たなミッションが解放されました。》

《レベルアップ報酬:デッキ拡張用パック x3 を獲得しました。》

《レベルアップ報酬:指定カードパックx1を獲得しました。》


――――――――――


青年は目の前の状況に圧倒されながらも、再びパネルを確認した。

報酬として得た経験値や称号、そしてカードが次々に表示されていく。


ゲーム内のシステムが現実として展開している感覚は、彼にとって圧倒的でありながらも、どこか現実感がとぼしい。


リオトは手に入れた報酬を確認しながら、ようやく心の中で安堵する。

しかし、その安堵の背後には、現実としての異世界の重みがゆっくりと押し寄せてくるのを感じていた。


しかし、今は立ち止まって考える余裕はない。

目の前の深淵の司祭や報酬の表示は、明確に彼が異世界にいることを物語っていた。


「レベルアップした……?」


ステータスを確認すると、レベルが1から2に変化しており、次のレベル3に必要な経験値が2000XPと表示されていた。


ただし、それ以外にステータス画面で変化はない。ステータスアップなどは無いようだ。


青年はパネルの報酬を確認し、再び思考を巡らせた。

特に「汎用カード:ナイトシャドウ・ウルフを手に入れました」という表示に目を留めた。


彼は手を軽く動かし、頭に浮かんだ「手札」という言葉に意識を集中させた。

すると、パネルが再び目の前に現れ、現在の手札が表示される。


その中には、先ほどの戦闘で得たナイトシャドウ・ウルフのカードが1枚新たに加わっていた。

カードのイラストは、今まさに倒した狼の姿そのものである。


「やっぱり、倒した敵をカードにできるのか……」


リオトは少し戸惑いながらも、その能力に可能性を感じた。

もし、この異世界で出会う魔物たちを次々とカード化できるのであれば、彼自身のデッキはどんどん強化されるだろう。


だが、同時に青年は、この世界での「現実」としての重さを実感していた。

カード化された魔物も、ただのゲームの駒ではなく、生きた存在であったこと。


そして、何よりも自分が――間接的にとはいえ――殺したを考えると、少なからずパネルに表示されているカードに、そして自分の指示で戦ってくれた深淵の司祭という存在に――葛藤かっとうが胸に渦巻いた。


「でも……生き残るためには……」


そんな思考を振り切るように、青年は目の前の深淵の司祭に目を向けた。


深淵の司祭は倒したナイトシャドウ・ウルフの死骸しがいを引きずりながら、リオトの元へと歩み寄ってきた。その姿は、まさに異形の神官であり、冷たい威圧感を放っている。


しかし、考えても答えが出ない状況で、今は目の前にある現実に向き合うしかない。


リオトは深呼吸をし、冷静さを取り戻そうとした。次に何が起こるかはわからないが、自分の力を信じて進むしかない。


その時、再び「ピコンッ」という音が鳴り響いた。彼はパネルに目を向ける。


《ミッション3: 次なる試練へ進め

未踏の領域に深淵の拠点を設置し、文明を拡張せよ。》


リオトはしばらくパネルを見つめ、そしてゆっくりと立ち上がった。


「次なる、か……拠点を築くんだな……」


その時、彼の頭にふと疑問が浮かんだ。


「この世界……本当に俺はどうすればいいんだ?」


今のところはミッションに従い、デッキを選び、ユニットを召喚して戦っているが、この先に何が待ち受けているのかは不透明だ。


この異世界の目的や自分の役割、そしてなぜこの世界に来たのか、青年にはまだ分からないことばかりだった。


深淵の司祭が静かにリオトの横に立ち、忠実に彼の命令を待っている。

その姿を見て、リオトは改めてこの異世界での自分の立場を自覚した。

彼はこの異世界において、深淵文明の王、そして邪神の神子という役割を与えられている。


そして、その役割は、ただのゲームキャラクターのように軽いものではない。

この世界で自分自身の命を守り、そして他のとの関わりを持ちながら、何とかして生き抜かなければならない。


だが、それと同時に、心に浮かんだのは別の疑問だった。


――俺は、元いた世界でどうなっているんだ?


家族や友人は? どうして何も思い出せない? どうやってここに来た?どうして俺に、ゲームの力が使えるんだ?



「やるしかない……」



彼は自分に言い聞かせるように、深く息を吐いた。

次に何が起こるかはわからない。


だが、彼はこの世界で生き抜くために、進み続けなければならない。


リオトは胸の奥で膨れ上がる不安を無理やり押し込めながら、深淵の司祭とともに、未踏の領域へと足を踏み出した。


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