「俺も偽りたく無くなったの」
って、そんな表情もどこかかわいくてキュンとしてしまった。
しかも『偽りたく無い』って、それを言われたら私は何も言えないじゃない。
私も偽りたくないって言ってこの格好で登校してきたんだから。
「すげぇな……蜘蛛の子散らす様ってこんな感じか?」
そこに少し前に登校してきたのか加藤くんと景子が近づいてきた。
「おはよう、萌々香。ウィッグしないで登校するって聞いて予測はしていたけれど……案の定だったわね」
「おはよう景子、加藤くん。でも案の定って何!? 目立つのはわかってたけど、騒がれ方が想定外だったんだけど!?」
『…………』
私の心からの叫びに同意してくれる人はいなかった。
むしろ三人からは生ぬるい眼差しを向けられる。
そして、加藤くんが苦笑いで呟いた。
「あー……陽、これから苦労しそうだな?」
と。
***
その日一日は珍獣になった気分だった。
朝の陽の睨みが効いたのか、詰め寄ってくる人はいなかったけれど遠巻きにずっと見られてて。
まあ、見慣れてくれば落ち着くよね? きっと。
でも私が見られていることが気に入らないのか、陽はずっと不機嫌状態。
それは家に帰るまで続いていて……。
「あの、陽? ごめんね? でも私やっぱりもう偽りたく無くて……」
家に帰ってきても不機嫌な陽に、私は自室に入る前に声を掛けた。
「私自身の問題でもあるんだけど、もう一つ理由があるの」
「……なに?」
私の言葉に不機嫌さを少し抑えて陽は聞いてくれる。
そのことにホッとして、私は伝えていなかった理由を言葉にした。
「あのね……ちゃんと本当の自分のまま、陽の隣にいたいって思ったの。陽は色んな顔を持っているけれど、その全部が本当の陽でしょう? 全部が自分だって言える陽が眩しかったの」
対して私は本当の自分を隠して地味に徹してた。
陽みたいに、地味な自分も私だなんて言えるわけもなくて……。
だからせめて、本当の自分だって自信を持って言える姿で陽の隣にいたかった。
偽ったままの状態で陽の側にいるなんて、私自身が許せなかったんだ。
「だから、ごめんね。陽を不機嫌にさせちゃうみたいだけれど、私はもう自分を偽りたく無いの」
「……」
伝え終えると、陽は手のひらで自分の目元を覆った。
はあぁーーー、と深いため息をついたと思ったら、手を掴まれて「来いよ」と陽の部屋に連れ込まれた。
陽の部屋にはあまり入ったことがないけれど、足を踏み入れた途端甘い薔薇の香りがする。
陽の香りだ……。
その陽の香りが、ドアが閉まると同時に強くなる。
自室に入った途端、陽に抱き締められたから。
「あーも! やっぱ独り占めしたい! モモを見る他の男の目を潰してやりたい!」
「そっ、それは流石に止めてあげて!?」
あまりにも物騒な言葉に思わず制止を口にすると、返事の代わりに腕の力が強くなった。
大好きな陽の香りと体温に包まれて、私は胸に温かなものを感じながら「それに」と続ける。
「私は陽しか見ていないから……ちゃんと独り占め出来てるよ」
告げると、フッと腕の力が弱くなる。
緩んだ分距離を開け見上げると、チラチラと炎が揺らめく黒い目が私を見下ろしていた。
「なにその殺し文句、今すぐ抱きたくなるだろ?」
「え? は――んぅっ」
殺し文句なんて言ったつもりはなかったから聞き返そうとしたけれど、ちゃんと声を上げる前に唇を塞がれてしまった。
「んぁ……は、るぅ……?」
深いキスはすぐに私の理性を壊して、甘ったるい声を引き出してしまう。
「っはぁ……ホントかわいいな、萌々香は」
キスの合間に見せる陽の表情は、かわいかったり、妖しかったり、危険なほの暗さを垣間見せたり。
その全てが、私の心を惹きつける。
「な……いいか?」
私の理性を解かしてしまうようなキスをしておきながら、甘えるように願う陽はズルイと思う。
でも、やっぱり私はそんな陽も好きだから……。
「ちょっとだけ、だよ?」
って許してしまう。
「ったく……モモって小悪魔? そんなかわいい顔しといて……ちょっとで済むわけねぇだろ?」
「んぅっ」
かわいい顔から一転、ワルい笑みを浮かべた陽は、またむさぼるように私に口づけた。
私を惑わすかわいいくて危険な男は、その美しさと甘い香りで溺れるように私を抱く。
「萌々香……俺の光」
「私の光は、陽だよ」
「……言ってろ」
照れ臭そうに言葉を発した唇が、私の唇をふさいだ。
END