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啼勾会②

 強い力で引っ張られてこのまま捕まってしまうのかと絶望しかけた。


 けれど。



 ガッ


「うぐっ」


 ドンッ


「ぐあっ」



 二つの鈍い音と呻く声がしたと思ったら、次の瞬間には甘い薔薇の香りに包まれた。



「陽っ!?」


「ぅくっ」



 私を抱き締めた後、守るように前に立つ陽。


 でも、私を助けるために無茶をしたのか立っていられなかったみたい。


 そのまま床に膝をついてしまった。


 それでも、陽は甲野を睨み付ける。



「俺の光に触れんな」


「陽……」



 体を動かすのも辛い様子なのに、それでも私を守ろうとしてくれることが嬉しい。


 でも、苦しそうな陽を見るのも辛くて、ギュッと胸が締め付けられた。



「はっ! 光ときたか。お前がロマンチストだとは思わなかったぞ」



 とても面白そうに甲野は笑うけれど、冷たい目をして続ける。



「さて、その威勢もいつまで持つかな?」



 甲野の言うとおりだった。


 二人の手下たちは陽の攻撃で蹲ったけれど、ゆっくり立ち上がろうとしている。


 いくら陽が強くても、立つのも辛い状態でこの状況を脱するのは無理だ。


 どうしよう、と焦りながらも頭を巡らせていると――。



「……柴田圭吾しばたけいご



 突然、笙さんが誰かの名前を口にした。



「っ!」



 それに反応したのは甲野だ。


 目を見開き、驚愕に近い驚きを表情に出している。



「笙……お前、何故その名前を……?」


「俺がいつまでもあんたの下にいると思ってたのか? いつでも抜けられるよう、あんたの弱みを探ってた」



 笙さんは立ち上がり、甲野を睨みながら淡々と話しを続ける。



「啼勾会とは関わりの無い場所で大事に育てている息子。驚いたよ、あんたにも親としての情なんてものがあったんだな?」


「……」



 笙さんの言葉に甲野はなにも答えない。


 でも、その表情には隠しきれない焦りが現れていた。



「柴田圭吾に手出しされたくなければ俺たちから手を引いてくれ。もちろん、ここで俺たちを始末した場合は他のSudRosaのメンバーがその子に全てを話すだろう」


「ぐっぅ……」



 悔しげに顔を歪ませた甲野は、けれど深く息を吐いて冷静さを取り戻す。



「……まあ良いだろう。Sは廃棄した。南香薔薇が変化することはもうない」


「くっ」



 甲野が語る事実に陽が悔しげに呻く。


 私は慰めるように陽の肩にそっと手を置いた。



「それにもっと広い場所で南香薔薇を栽培する予定で、元々この街は捨て置くつもりだったからな。お前たちも共に捨て置いたとしても変わらん」



 私たちに語っているように見えるけれど、自分に言い聞かせている部分もあるのかもしれない。


 そうやって甲野は自分の中で折り合いをつけているのかも。


 そう思わせる言葉だった。



「ただし、花は貰っていく」


「分かった……陽も、いいよな?」


「……ああ」



 陽は悔しげだったけれど、Sも捨てられてしまった以上そうするしかないと思ったのか頷く。



「後で人を手配しろ。今日のところは戻るぞ」


「は、はい」



 話しは終わったとばかりに甲野は手下たちに指示を出す。


 男たちに車椅子を押され、私たちの横を通り過ぎ部屋を出て行った。


 それを見送ると、笙さんが私たちの近くに来て声を掛ける。



「俺も色々と後始末してくる。陽はちょっと休んどけ……あとで、話したいことがある」


「ああ、そうだな。俺もお前にはたっぷり文句を言いたい」



 真剣な様子で告げた笙さんに陽は笑って返す。


 その様子から、陽はきっと笙さんのこと恨んではいないのかもしれないと思った。


 笙さんもそれを感じ取ったんだろう。


 泣きそうに顔を歪ませて「わかった」と部屋を出て行った。


 静かになった部屋の中、窓の外の南香薔薇だけが美しく咲き誇る。


 花そのものに罪はないけれど、見ていると複雑な感情が湧き上がってきた。



「くっう……」


「陽? 大丈夫?」



 呻く陽にハッとする。


 そうだ、休ませなきゃ。



「どこか座る? それとも横になった方が良い?」


「ん……座れればいい」



 少し甘えるような陽の様子に、私はこんなときだって言うのにキュンとしちゃう。


 でも本当に休ませなきゃ。


 部屋の中をぐるりと見回すと、機材が置かれた場所の前に背もたれのある椅子があった。



「陽、ちょっと立てる?」


「ああ」



 移動するのを手伝って、陽を椅子に座らせる。


 はあぁー、と息を吐きながら背もたれに体を預けた陽は、体よりも心が落ち込んでいるように見えた。



「……失敗、しちゃったな」


「陽……」


「予定外に甲野が来ていたせいで、この部屋に来るのが遅くなった。それでもあいつらが帰ったのを確認してからSを使おうとしたんだけど……気づかれちゃったみたいでさ」



 それでこのザマ。と、乾いた笑いを浮かべる陽に私はどう声を掛けようか迷う。


 その間に陽の視線が機材のある部分に向かった。



「そこにSが入った試験管を入れてしまえば、一日で栽培している南香薔薇に薬を行き渡らせることが出来るはずだったんだ」



 それが直前で奪われ、割られてしまった。


 床に広がった液体は、戻すことが出来ない。


 まさに覆水盆に返らずってところだ。



 ……でも、零れていなければ問題ない。


 私は陽の言ったSを入れるはずだった場所の前に行く。

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