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啼勾会①

 SudRosaの人たちと一緒に例の施設へ向かていると視線が痛かった。



「マジで髪桃色だ……」


「本当にいたのか、薔薇姫って」



 前、陽の彼女としてお披露目されたときよりも注目されている気がする。



「てかさ、あんまよく見えなかったからわからなかったけど、結構かわいい顔してねぇか?」


「だよな? やべぇ、俺こないだ芋くさいとか言っちまった」



 前に失礼なことを言っていた人の声も聞こえてきて、そこの認識は改めてもらえたようで良かったと思う。



「でもまさか陽の義姉が薔薇姫だったとか……どんな偶然だよ」



 まだ驚きが覚めやらない様子で呟く笙さんに、私は「そうですよね」と頷いた。



「本当に不思議……でも、縁ってそういうものだって聞いたことあります」


「縁?」


「一度結ばれた縁は、離れたとしてもまた交わるものだって」



 だから私は、預かったSをずっと持っていたのかもしれない。


 いつか、ちゃんと返せる日が来るかもしれないって思って。



「……まあ、流石に二年前に一度会っただけの人が義弟になるなんて驚きですけど」



 なんて苦笑していると、丁度施設に着いた。


 話しながら歩いて、少しは緊張も治まったと思う。


 でも早く陽を助けたいって思いはあるから、焦りがあるのは変わらない。



「会長は来てるみたいだけど、手下はそんなに連れてきてないみたいだ。手下連中は数で抑えとけ。俺はこの子と突入する」



 笙さんの指示を受け、みんなはピリッと緊迫した雰囲気を醸し出す。



「行くぞ」



 その一言で、私たちは施設内へと突入した。



「なんだお前ら!」


「刃向かうつもりか!?」



 スーツ姿の屈強な男たちをSudRosaの人たちが人数任せで抑え込んでいく。


 私はその間を縫って先に進む笙さんの背中を必死に追った。


 どんどん施設の奥へと進んで行き、目的地の入り口にいた啼勾会の男も抑え込む。



「このっ! 笙! お前なにしてる!?」



 数人にのし掛かられて動けずにいる啼勾会の男は、笙さんを非難した。


 けれど笙さんは存在ごと無視し、入り口に備えついているパネルを操作する。


 カメラがありそうな部分に顔を向け、ピピッと認証完了の音が鳴った。



「お前ら頼んだぞ! あんたは来い!」


「はい!」



 入り口が開き始め、男を抑え込んでいるSudRosaのメンバーに声を掛けた笙さんは私にも指示を出しすぐに走り出した。


 いくつかの小部屋を突き進み、そして大きな窓がある広めの部屋についた。


 窓の外も室内みたいだったけれど、明るくてその光景がよく見える。


 青い薔薇が咲き誇る、薔薇園が広がっていた。


 もしかしてこれが南香薔薇?



「なんだ? 呼んだのは笙だけのはずだぞ?」


「っ!?」



 静かで落ち着いた声。


 でも、どこか恐ろしさを感じる低い声に窓とは真逆の場所を見る。



「っ! 陽!」



 色々な機械が設置してある壁。


 その横の棚には色んな薬品らしき瓶がたくさんあった。


 そこに、車椅子に乗った初老の男性と大柄な男二人に押さえつけられている陽がいた。



「も、も……来ちゃった、のか」



 顔を上げた陽は殴られたのか頬が少し赤い。


 申し訳なさそうな笑みを浮かべていた。



「ふん、笙も裏切ったということか。従順であればこれからも手駒として使ってやったというのに」



 車椅子の男はつまらなそうに告げる。


 よく見ると、その手には見覚えのある青紫の液体が入った試験管があった。


 それが入っていたケースは床に落ちていて、男が持っているのがSだってわかる。


 もしかしてこの人が啼勾会の会長……甲野?



「会長、陽を離してください。それとその薬も」


「はっ! 薬も、か。お前は父親の意思も捨てるのだな」


「くっ」



 笙さんはまだ完全には割り切れていないのか、甲野の言葉に悔しげに呻く。



「何にせよ、私がお前なんぞの願いを聞き入れる訳がないだろう?」


「あっ!」



 甲野は言い終えると同時にSを持っている腕を上げた。


 そのまま止める暇も無く、Sの入った試験管を床に叩き付ける。



「っ――!」



 誰かの息を呑む音と共に、タイル敷きの床にカシャンと音を立てて試験管が割れた。


 中の青紫の液体は薔薇の香りと共に床に広がっていく。



「Sの作成方法が記載されていた書類はとうに処分したからな。これでNが作れなくなるということは無いだろう」



 勝ち誇ったような笑みを浮かべた甲野は、ヒタと陽へ視線を戻し表情を消した。



「さて、処分を決めねばな。笙が助命を願えばまた記憶を消すだけにしようと思ったが、笙も裏切ったとなると二人とも消すだけだ」



 まるでゴミを捨てるかのように何の感情も無く淡々と告げる甲野にゾクリと震えた。


 人を人とも思わない。


 こんな人、本当にいるんだ……。



「ああ、だがお前は消すには勿体ないな」


「え?」



 昏い目がゆったりと私に向けられる。


 純粋に怖くて、金縛りに遭ったように体が硬直した。



「その髪は天然ものだな? 若い娘だし、高く売れるだろう」


「なっ!?」



 声を上げたのは陽。


 私は怖くて喉がきゅっと締まったせいで悲鳴も上げられなかった。



「その二人も捕まえておけ」



 甲野の命令に、陽を捕まえていた男たちが動く。


 陽を床に叩き付けるように手を離し、私と笙さんに向かってきた。



「モモに、手ぇだすな……ごほっ」



 相当痛めつけられたのか、陽はなかなか体を起こすことが出来ないみたい。



「ムダだ陽。動くのも辛いだろう? どうせなにも出来ないのだから楽にしていろ」



 まるで哀れむような声を掛ける甲野だけれど、そこに情は欠片もなかった。



「待ってくれ、会長」



 笙さんが私を守るように間に立ち、甲野に声を掛ける。


 でも、その声に甲野が応えることはなかった。



「なにを待つってんだ? 会長はお前たちを処分するって決めたんだよ」



 近づいてきた男の一人がニヤリと笑い笙さんを殴りつける。



「ぐぁっ!」


「笙さん!」



 そのまま壁際に飛ばされた笙さんを心配するけれど、すぐに甲野の手下に腕を掴まれた。



「ひっ! や、離してっ!」



 声は出たけれど、怖くて体が動かない。

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