「どういうことなんだよ!? 三川さん!」
禁止区域に入り、陽との思い出でもあるホテルにさしかかったとき。
いつもはまったく人の姿がない街中に、大勢のガラの悪い男の人たちの姿があった。
彼らは背の高い一人の男性に掴みかかり詰め寄っている。
「総長が……陽さんが裏切り者とかどういうことだって聞いてんだよ!?」
「っ!」
陽の名前に、彼らを警戒して道の隅に隠れるように寄っていた私はハッとする。
よく見たら、なんとなく見覚えのある人たち。
何より、詰め寄られている長身の男性は笙さんだった。
「啼勾会の大事な商品であるNを作れなくしようとしたんだ。裏切り者で合ってるだろ?」
淡々と話す笙さんは無表情で、なにを思っているのかわからない。
でも、彼らの会話のおかげで状況が少しは理解出来た。
やっぱり陽は失敗したんだ。
「でも、だからってなんで俺たちが陽さんを見つけて啼勾会に突き出さなくちゃなんねぇんだ!?」
「SudRosaが、啼勾会の下部組織だからだよ」
SudRosaの人たちが陽のことを探すよう命令されたってところなのかな?
だとしたら、少なくとも陽は捕まってないってことだ。
二年前のように追われている最中なのかもしれない。
「早く合流しないと」
呟いて、焦りが募る。
まずは道を塞いでいるこのSudRosaの人たちを突破しないと……。
回り道するしかないのかな? と彼らの様子を伺っていると、さっき以上に大勢が声を上げ始めた。
「下部組織とか、俺らには関係ねぇ!」
「確かに陽さんは啼勾会の命令で俺たちをまとめ上げてSudRosaを作ったのかもしれねぇけどよ」
「でも、俺たちは陽さんが総長だから従ってたんだ! その陽さんを突き出すとかありえねぇだろ!?」
みんなが叫ぶ言葉は陽を慕っているようなものばかり。
前に見た集会のときは怖がられてるようにも見えたけれど、陽はこんなにSudRosaの人たちに慕われてたんだ。
「むしろなんで三川さんはそんな冷静にしてられるんだよ!? 陽さんが一番信頼してたの、三川さんじゃねぇか!?」
「っ! それは……」
ずっと無表情だった笙さんの顔が歪む。
後悔……ううん、自責の念に駆られているような苦しそうな顔に。
「三川さんだって陽さんのこと信頼してたんだろ? 昔なにがあったか知らねぇけどさ、後悔してんなら啼勾会に従う必要ねぇんじゃねぇのか?」
「そうだよ、三川さんも施設の認証登録してるんだろ? だったらむしろ助けに行くべきなんじゃねぇのか!?」
「っ!」
笙さん、認証登録してるの?
陽を助けるための光明が見えた気がした。
私は覚悟を決めるためにバッグをギュッと掴んで、震えそうになる足を叱咤して動かす。
大勢の男たちの近くに行って、叫んだ。
「笙さん! 陽を助けに行きましょう!」
騒がしかったから、私の声が届くかわからなかった。
でも、笙さんは気づいてくれる。
「え? あ、あんた。陽の彼女の……」
笙さんが気づいたおかげで他の男たちも私に注目した。
多くの視線にたじろいで逃げたくなるけれど、陽を助けるためだって言い聞かせて踏みとどまる。
「笙さんだって、本当は陽を助けたいんでしょう? Nを使って陽の記憶を消したこと、後悔してるんでしょう?」
「なんで知って!? って、そうか……やっぱり陽は思い出したんだな」
私の言葉に笙さんは驚いたけれど、すぐに自分で答えを見つけたみたいだった。
そして力を抜き、泣きたいのを耐えているような目をして私を見る。
それはまるで断罪を待つ罪人のようにも見えた。
「後悔していても、今更過ぎるだろ? いくら死んだ父親の意思を継ぎたかったからって、信頼してた相手の記憶を消すとか……」
「でも、後悔してるんですよね? 父親の意思を継ぎたいっていう気持ちよりも、陽を助けたいって思いの方が強いんじゃないですか?」
「それは……」
口ごもる笙さんはハッキリとは言わなかったけれど、その表情に答えは出ていた。
後悔でいっぱいの表情は、父親の意思を継ぎたいけれど、陽にもう酷いことはしたくないって語ってる。
「謝りましょう? 陽に。陽が許すかどうかはわからないけれど……ちゃんと、話し合いましょう?」
「……そう、だな」
私の言葉に頷いた笙さんはグッと目を閉じ、開いたときには強い決意が込められていた。
「じゃあ――」
ピルルルルル
陽を探しに行きましょう、と言い出そうとしたら電話の着信音が鳴る。
笙さんがすぐに自分のスマホを取り出し、サッと顔色を変えてゆっくり電話に出た。
「……はい、笙です」
硬い表情で電話に出る笙さんに、私もSudRosaの面々も息を潜める。
このタイミングで、笙さんがこんな表情で電話に出る相手っていったら……。
「すみません、陽はまだ……え?」
笙さんの目が見開き、そのまま眉間に深いしわを作る。
嫌な予感に、思わず息を止めて様子を見た。
「っ! はい……はい、了解しました」
そうして電話を終えた笙さんは、焦りに満ちた顔をしている。
「三川さん……今の電話は?」
さっき笙さんに詰め寄っていた男の人が声を掛けると、笙さんは悔しげな声で絞り出した。
「陽が……捕まった」
「っ!」
「処分を決めるから、南香薔薇の栽培場所に来いと言われた」
「そんな……」
陽が、甲野って人たちに捕まってしまった?
絶望に近い焦燥が血流に乗って全身に巡ってるみたい。
震えてへたり込みそうになったけれど、何とか踏みとどまる。
まだ、捕まっただけ。
処分を決めるために笙さんを呼んだってことは、また記憶を消されたり何か酷いことをされた訳じゃないはず。
まだ間に合う。
「助けに行きましょう。笙さん」
笙さんがいないと陽のいる場所までは行けない。
促すつもりで声を掛けると、笙さんは「ああ」と頷いてから私に厳しい目を向けた。
「でも、あんたは帰るんだ」
「え?」
「あんたを連れて行って、無事に済むかなんてわからねぇ。陽の大事な女だ。危険な目には遭わせられねぇよ」
「そんな!」
笙さんの言い分はわかる。
でも、私だって陽を助けたい。
それに……。
「三川さんの言うとおりだ。力のねぇ女は足手まといだ」
「それに南香薔薇のことはあんたに直接関係ねぇ。あんまり首を突っ込むな」
SudRosaの男たちからもそんな声が上がる。
でも、関係ないなんてことはない。
だって、私はその南香薔薇の催眠作用を消すための薬・Sを陽に預けられた薔薇姫なんだから。
「関係ありますよ」
声に力を込めて、ハッキリ宣言する。
少し怖いけれど、自分の髪に手を差し入れて覚悟を決めた。
「笙さん、この間は嘘ついてごめんなさい」
先に謝ってから、私はウィッグを取る。
お父さんと陽以外の人の前でウィッグを外したことはないから、正直怖くてたまらない。
でも、これで関係ないなんて言わせない!
「なっ」
笙さんを初め、たくさんの息を呑む音が聞こえる。
パサリと落ちた桃色の髪を軽く手ぐしで整えた私は、顔を上げ真っ直ぐ笙さんを見た。
「私が、あなたたちが――啼勾会が探していた薔薇姫なんだから」