「わかった、一人で行かねぇよ。だから、Sを返してくれ」
「……うん」
陽の意思を確認した私は、頷いて二段目に入れてある青紫色の液体が入った容器を取り出して渡す。
「ちゃんと持っててくれてありがとな」
優しい笑顔でお礼を言った陽は、受け取ったばかりのSを何故かベッド脇の鏡台に置いた。
「陽?」
どうして置いたんだろうと不思議に思っている間に、陽の纏う雰囲気が変わる。
かわいい陽じゃない。
でも、ゾクリとするような怖さのある危険な陽とも違った。
あえて言うなら、とても甘ったるい……妖艶な陽。
「あの、陽? どうしたの?」
黒い瞳の奥に妖しい炎が見えた気がして、聞きながらつばを飲み込んだ。
「どうしたって……保健室で言っただろ? 続きはあとでって」
「っ! そ、それ、今するの? 下にお父さんたちいるのに」
真面目な話をし始めたから、続きをするっていうのは私の勘違いだと思っていたのに。
「気づかれるようなことはしないって、キスだけ。ずっと我慢してたんだ……真面目な話も終わったし、いいだろ?」
甘えるような口調でねだる陽はかわいい陽なのに、雰囲気は妖しくて惑わされそう。
ちょっと待って欲しくて、近づいてくる陽の肩を軽く押すと保健室のときのようにその手を掴まれた。
手のひらに触れるだけのキスをした陽は、射るようなほどに真っ直ぐ私を見る。
「なあ、モモ。俺、今すっげードキドキしてんの」
保健室でしたのと同じように、陽は私の手のひらを自分の胸に当てる。
そして、もう片方の手が私の髪に差し入れられ、ゆっくりウィッグを取られた。
パサリと落ちた桃色の髪は、ウィッグを置いた陽の手にすくい取られ口づけられる。
「記憶がもどったらさ、初恋の相手と恋人同士になってるとか……天にも昇る心地ってこんな感じかなって思う」
「え? 初恋?」
陽の妖しく色っぽい雰囲気にドキドキと鼓動が駆け足になる中、初めて聞く言葉に驚いた。
「そうだよ。しかも一目惚れ」
「ひ、ひとめぼれ!?」
追い打ちのような告白に、もはや私の心が追いつかない。
甘い雰囲気と甘い薔薇の香りに包まれながら、甘い笑顔が目の前に近づく。
いつものように首筋に顔を埋められて、スゥッと匂いを嗅がれた。
「んっ」
「良い匂い……甘いけど爽やかな、花の香り。……二年前、見ず知らずの俺に優しくしてくれたモモは俺にとって光だったよ」
チュッと首筋にキスをした陽は、そのまま私の頬や耳に甘い口づけをする。
「きっと、記憶が無い間もその光を追い求めてたんだ。だから、モモが欲しくて欲しくてたまらなかった」
「っ……は、るぅ」
甘い唇は、私に熱を流し込んでいるかのようだった。
唇が触れるたび、温かく……熱くなっていく。
「モモがかわいいって言ってる俺が多分本当の俺。……でも、SudRosaの総長として二年過ごした危険な俺も、もう俺の一部になってる」
与えられた熱のせいで潤む私の目は、かわいいも危険も全部を内に秘めている陽という一人の男を映す。
「今の俺は、こんな風に色んな顔を持ってる。それでも、萌々香は俺のこと好きでいてくれるか?」
ちゃんと名前で呼ばれたことで、本気で知りたいと思ってるんだってわかった。
でも、その答えはもうとっくに出していたはずなんだけどな?
思わずフフッと笑って、私は掴まれていない方の手を陽の頬に当てた。
「前にも言ったでしょ? どっちの陽も好きだって。……もうとっくに陽にハマッちゃってるんだよ? 私」
言い終えると、私は不意打ちのように陽の唇へ自分のそれをくっつける。
陽みたいに上手いキスなんて出来ないから、本当に触れるだけ。
離れてキョトンとかわいい表情をした陽を見て、照れくさくてはにかんだ。
「っ! モモ!」
するとすぐに陽が唇を押し当てる。
柔らかい舌も入ってきて、深くなるキスに頭の奥まで痺れていく気がした。
「モモ……かわい。……ヤバ、キスだけで止まれるかな?」
「そ、そこはちゃんと止まって」
すでに理性は溶けかけていたけれど、不穏なことを言う陽にはちゃんと注意させてもらう。
「ん、努力する」
一言だけ告げた陽は、そのまま私を甘い薔薇の香りで包んでいった。