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俺の薔薇姫【陽side】

 バカな奴らを伸して、俺はモモのところに向かう。


 今にも泣きそうな顔しちゃって、俺がこの程度の奴らにやられるわけねぇじゃん。


 でも、モモに心配されるのは悪くないな。



「こんなのたいしたことないから。てか来なくても大丈夫だってのに」



 心配する必要ないって伝えたら、取り出したハンカチで傷口を強く巻かれた。



「うっ」



 思わず痛みに呻いたら「でも、心配だよ」と呟かれる。


 そんなモモがなんかすごいかわいくて……。


 だから俺は素直に謝った。



「ん、悪ぃ。心配かけて」



 そしたらハンカチを結び終わったモモが傷部分を押さえるように俺の手を包む。


 なにをしてるのかと思ったら、目を閉じて祈るように呟いた。



「早く治りますように」



 ドクンッ


 あ、れ? なんだ、これ?


 俺の傷が早く治るように願うモモの姿が、桃色の髪の女の子の姿とかぶった。


 桃色の髪ならモモだ。


 記憶の女の子の顔も、モモの顔だし。


 ……いや、違う。


 記憶の中のモモは、もうちょっと幼い顔をしてる。



「陽、保健室に――陽?」



 見上げたモモは俺の様子がおかしいことに気づいて、不思議そうな顔をしてる。


 片手が伸びてきて、モモの温かい手が俺の頬を包む。


 ふわりと香ったモモの匂い。


 嗅いだことのある、俺の好きな匂い。


 爽やかで、甘さもある花の香り。


 俺を優しく包んでくれる匂い。



「モモ?……そうだ、この匂い――っく!」



 これは――“二年前に嗅いだ”匂いだ。


 モモの匂いに導かれて繋がる記憶。


 忘れていた記憶が一気に戻って来てめまいがした。


 奥底に閉じ込められていたものが、弾けて溢れたような感覚に頭痛がする。



「陽!?」



 モモの声が聞こえる。


 でも、応える余裕も無くなってきて……。



「痛ぇ……」


「は、陽!?」



 立ってもいられなくなって、モモの方に倒れ込んだ。



「陽、陽!」



 モモの声を聞きながら意識を手放した俺は、夢の中で二年前の記憶を思い出していった。



***


 南香街の禁止区域。


 二年前はまだ今ほど出入りも厳しくなかった。


 今ではNの製造をしてる場所だけど、その頃はまだNも開発されたばかりだったろうし。


 というか、元々はNなんて危険な香りを作る予定じゃ無かったんだ。


 研究者だった俺と笙の父親がしていた研究は、薔薇の香りが持つ効能を強めて医療にもっと積極的に活用出来る薔薇を作るためのものだった。



 薔薇にはたくさんの効果がある。


 美肌、不眠解消、抗うつ、鎮痙、防腐……他にもたくさん。


 それらの効能を強める研究の過程で、強い催眠効果を取得してしまった。


 南香薔薇なこうそうびって名づけられたその薔薇で作られた香りには、人を意のままに操ってしまえるほどの催眠効果があった。


 それをどこから聞きつけたのか、裏社会でかなり上の地位にある啼勾会に目をつけられた。



 啼勾会会長の甲野は研究所ごと買い取って、そのままNの製造施設にしてしまったんだ。


 父さんたち研究者も『家族に危害を加えられたくなければ従え』と脅されて強制的にNの研究を続けさせられた。


 でも、元々は人の役に立つものを作ろうとしてた父さんは密かに南香薔薇の催眠効果を消す研究をした。


 そうして出来たのが、南香薔薇から催眠効果だけを消す酵素を作り出すことが出来る薬。


 成功サクセスという意味を込めて、父さんはSと呼んでた。



 あとは啼勾会の連中の目を盗んで、Sを南香薔薇に使えばいい。


 でも、直前に父さんは笙の父さんと一緒に事故に遭って死んでしまったんだ。



 甲野がSの存在に気づいて父さんたちを事故に見せかけて殺したのかとも思ったけど、事故は強風で老朽化していた看板が飛んできたからだ。


 本当に偶然だろう。


 甲野にとっても南香薔薇の研究を進められる父さんたちは無くてはならない人材だから、Sの存在を知られていたとしても殺すまではしなかっただろうし。



 だから父さんたちが死んで甲野も焦ったんだろう。


 南香薔薇の研究を進められるように、慌てて父さんたちの研究資料をかき集めた。


 多分、そのときに知られてしまったんだ……Sの存在を。


 そしてあの日、父さんから預けられていたSをなんとか南香薔薇に使えないかと立ち入り禁止区域に入った俺は、甲野の手下たちに追われた。





 研究施設にたどり着いたまでは良かったけど、中学生がうろつくのは目立つ。


 一応隠れながら向かったけど、途中で何故か甲野と一緒にいた笙に見つかってしまった。



『あいつです。陽がSを持ってる』



 そう俺を指さした笙。


 ショックだった。


 お互い父さんたちに連れられてよく研究所に来ていた言わば幼なじみ。


 それなりに気心も知れていて、仲も良い方だと思う。


 それが裏切られた気分だった。



 でも、どうして甲野と一緒にいたのかって理由はなんとなくわかる。


 笙の父さんは、甲野を刺激するようなSの開発じゃなくて、今のままの南香薔薇で人に役立つものを作れるよう研究して交渉するべきだって主張していたらしいから。


 きっと、笙も俺と同じく父親の遺志を継ぎたいって思ったんだろうって。


 悔しいし、腹立たしいけど……理解は出来た。



 でもだからって大人しくSを渡すわけにはいかない。


 俺はすぐに逃げた。


 禁止区域は整っているのに、人がほとんどいないからまるでゴーストタウンみたいだ。


 途中何度か見つかりそうになって、あちこち擦り傷だらけになりながら一人で走る。


 汗で張り付いた黒い●●前髪がウザかった。


 そうしてあるホテルの裏口にたどり着く。


 ホテルの周辺では何台も車があって、二階の大きな窓から見える光はとても明るい。


 人の影もいくつも見えて、何かパーティーでもしているように見えた。



 逃げ切るには体力が持ちそうにないし、今まで人気が無い場所で何度も捕まりそうになったこともあって、人のいるところに行ってみようって思ったんだ。


 人が多い場所なら紛れられるかも、なんて。


 今の俺からすれば浅はかな考え。



 案の定パーティーで着飾った連中になんて紛れられる訳もなくて、ホテルの中を走り回るだけになった。


 隠れては見つかりそうになって、逃げて、また隠れて。


 逃げてるのは変わり無いけど、外で逃げ回るよりは休めたからそうやってしばらく逃げてた。


 その途中で、桃色の髪の女の子とぶつかったんだ。

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