「それに、今回はこれもあるしな」
「っ!」
口端を上げてニヤリと笑った不良たちは、次々とポケットから刃物を取り出す。
折りたたみ式ナイフなどの銀色が見えて、私は思わず悲鳴を上げそうになった。
なんとか喉元で抑えたけれど、緊張で動悸が激しくなる。
いくら陽が強くても、刃物を持った相手なんて……。
前に見た圧倒的強さを思えばそれでも負けることはないかもしれないけれど、ケガはするんじゃないかな?
どうしよう、誰か連れてきた方が良いかな?
それとも先生を呼んでるフリをして叫ぶ?
陽がケガしないように、私に出来ることを考えていたらフッと少し陽がこっちを見た気がした。
一瞬だけだけど、目が合ったと思う。
『大人しくしとけ』って言われてるような気がした。
「エモノがあれば俺に勝てるとでも思ってんの?」
「さぁな。でもケガの一つや二つは負わせられっだろ!」
叫び、不良たちは次々と陽に襲いかかっていく。
正直、見ていられないって思った。
陽が刺されたらどうしようって。
でも、だからこそ逆に目が離せなかった。
ちゃんと見ていなきゃ、陽がケガをしてもちゃんと手当てが出来ないから。
でも、陽はやっぱり強い。
不良たちのナイフをしっかり避けて一人一人動けなくしていってる。
このままケガも無くまた前みたいに全員伸してしまうんじゃ無いかと思っていたら……。
「くっ! はは、やっぱSudRosaの総長はダテじゃねぇってか? やっぱあの女人質にでもすりゃあ良かったかな?」
あまりにも一方的だからかな? 不良たちの一人、確か健太って呼ばれてた人が投げやりに言い捨てる。
「……あの女?」
「ああ、お前の義姉ちゃんだよ。朝もイチャついてたもんなぁ? 案外かわいい顔してたし、人質にしてついでに俺たちともイイコトして貰えば良かったぜ」
常にバカにした態度だった陽が反応したからかな?
健太は面白がって言いたい放題だ。
話題にされた私は、正直気持ち悪いとしか思えない。
「へぇ……」
陽が、地の底を這うような低い声を出す。
静かに、でもとても怒っている声。
「お前、マジで死にたいらしいな?」
キレた陽は言い終わると同時に素早く動いた。
健太の手を蹴り上げナイフを飛ばし、その足で胸部を蹴りつける。
「ぐはっ」
体制を整えると、今度は拳を振って健太のこめかみ部分をピンポイントで殴っていた。
そのまま意識が朦朧としている様子の健太に追い打ちをかけようとしていた陽だったけれど、その後ろからもう一人残っていた不良が――。
「陽!」
私の声と同時に振り向いた陽へ、不良の持っていたナイフが向かう。
身体能力が高い陽は避けたけれど、不意打ちだったのかな? 少し手首の辺りを切られてしまった様に見えた。
でもその程度の傷は大したことは無いのか、陽は難なく健太も最後の不良も伸してしまう。
地面に倒れている不良たちがしばらくは起き上がれそうにない様子を見て、陽は冷たい声で言った。
「これでお前らが手を出して来たのは二度目だな……でも、三度目はねぇ。次があったらSudRosaへの完全敵対と見なして潰すからな?」
「ひっ」
起き上がれなくても意識がある不良たちから悲鳴が上がる。
ここまで言われたら次なんて無いんじゃないかな?
「ああ、それと。俺の義姉ちゃん兼カノジョに手ぇ出しても同じだからな? 肝に銘じとけ」
もう一つ言い残した陽は、スタスタと私がいるところの方へ歩いてきた。
「陽!」
私も駆け寄って、すぐにケガをした手首の辺りを確認する。
傷は深くはないみたいだけれど、しっかり血が出てる。
私はその痛ましさに眉間のしわをギュッと寄せ、持っていたハンカチを出した。
「こんなのたいしたことないから。てか来なくても大丈夫だってのに」
呆れるような口調の陽を黙らせるように、私は傷口をハンカチで強めに巻く。
痛みに「うっ」と小さく呻く陽に、私はポツリとこぼした。
「でも、心配だよ」
「ん、悪ぃ。心配かけて」
素直に謝ってくれたことで、少し安心する。
私は傷を包んだハンカチをしっかり結んで、上に手を乗せた。
「早く治りますように」
手当て――手を当てることで得られる癒やし効果が少しでもあると良いなと思いながら、祈るように願う。
小さい頃私がケガをするとお父さんがよくしてくれた。
お母さんが家を出て行って、寂しくならないようにってよく頭や肩に手を当ててくれた。
あの安心感を陽にも感じて欲しくて、願いを込める。
とはいえずっとこのままでいるわけにもいかない。
ちゃんとした治療をするために保健室に行かなくちゃ。
「陽、保健室に――陽?」
顔を上げて陽に保健室へ行こうと伝えようとしたけれど、なんだか様子がおかしい。
見上げた陽は、見開いた目で私をジッと見つめていた。
「陽? どうしたの?」
手を伸ばして、片手で陽の頬を包む。
すると陽の目が更に見開かれた。
「モモ?……そうだ、この匂い――っく!」
「陽!?」
何かを呟いて、陽の顔が辛そうに歪む。
頭に手を当てて「痛ぇ……」と小さく呟くとそのまま私に倒れ込んできた。
「は、陽!?」
陽の体を支えられなかった私は一緒に地面に倒れ込んでしまう。
「陽、陽!」
何度呼び掛けても返事はない。
さっきのケンカでも頭を打ったようには見えなかったけど……。
何が起こったのかわからないまま、私は意識のない陽の名前を呼び続けた。