視線が、痛い。
温かな日差しを背後に、私は陽と二人並んで教室内が見える形で立っていた。
向かい合うように立っているのは景子と加藤くんといういつもの光景。
でも、今日はいつも以上に周囲の視線が痛い。
なぜなら。
「陽? そろそろ教室戻った方が良いんじゃない?」
「えー? もうちょっとくらい良いじゃん」
私の肩を抱いている陽は、私のおでこに頬をすり寄せて我が儘を言う。
一緒に登校して、鞄を教室に置いた途端私の教室に来ている陽はずっとこの調子だ。
つき合っているのは秘密のはずだよね?
「いや、でもさ。朝の準備とかもあるでしょ?」
「そんなんギリギリでも何とかなるって」
すり寄せていたおでこにチュッとキスをされて、私の顔は一気に赤くなる。
耐えきれなくて下を向くと、周囲のヒソヒソ声が聞こえてきた。
「あの二人、いつも以上にくっつきすぎじゃない?」
「だよね? いくら義理の姉でもさ、陽くん独り占めしすぎ」
陽は人気者だから、主に女子からやっかみじみた文句が出てる。
逆に声はなくても、いつも以上にひっついてる私と陽を不思議がってる視線もたくさんあった。
前からくっついてくることはあったけど……付き合い始めてからもくっつかれることは多くなったけれど……。
でもこんなあからさまじゃなかったよね!?
「は、陽。あんまりくっつかないで? 付き合ってるのは秘密だって言ってるでしょ?」
ヒソヒソと話して肩にある手をどけようとしたけれど、しっかり掴まれていて外せなかった。
「んー、それはわかってるけどさ。でも、モモかわいすぎなんだよ。離れたくない」
「ええぇー……」
正直嬉しい。
でも、困るのよぉ……。
「いや、なんつーか……」
離れてくれない陽に困り果てていると、目の前の加藤くんがなんとも形容しがたい苦笑いを浮かべていた。
彼がチラリと目配せした景子も困り笑顔。
「うん……ねぇ、そこまでくっついてたら秘密の意味ないんじゃない?」
だよねぇ!?
景子のツッコミに、私は心の中で盛大に頷いた。
そのとき、なんとなく他とは違った視線を感じて教室の出入り口に視線を向ける。
「っ」
見覚えのあるガラの悪い人たちに一瞬息を止めた。
私が身を固くしたのに気づいたんだろうか。
陽がすぐに位置を変えて私を不良たちから隠してくれた。
「あいつら、江島をシメて用が済んだから解放したんだ。俺らに手は出すなって釘は刺しておいたみたいだけど、俺のこと恨んでるっぽい……モモにも手を出すかもしれない、絶対一人になるなよ?」
「う、うん」
ヒソヒソと告げられて、もしかして陽がくっついていたのは彼らが登校してくるかもしれなかったからなのかな?って気づいた。
私があいつらに危険な目に遭わせられるんじゃ無いかって。
守ろうとしてくれたんだってわかって、嬉しくて背に手を回そうとした。
でも。
「ねえ、あれ抱き合ってる?」
「まさかキスとかしてないよね!?」
明らかに私たちに向けられた言葉にピタリと手を止める。
そうだよ、ここ教室!
守ってくれるのは嬉しいけど、ここまでくっつく必要は無いはず。
やっぱり陽はくっつきすぎだよぉーーー!
そんな私の悲鳴は声にならなかった。
***
休憩時間のたびに陽は私の教室へとわざわざやってきた。
周りの視線は『また来てる』って感じのものばかりで、どう考えても来すぎ。
陽……過保護過ぎるよ。
そんな陽が、昼休みに限ってなかなか来なかった。
お昼は景子達と四人で食べようって言ってたはずなのに。
「景子、私ちょっと隣のクラス見てくるね」
「うん、わかったー」
すでにお弁当を広げ始めた景子に断ってから、私は陽の様子を見に隣のクラスへ向かった。
出入り口から覗いてみたけれど、陽の姿はない。
トイレかな? と思ってまた改めて様子見に来ようかと思ったとき。
「陽くんならいないわよ」
ちょっと棘のある口調で陽のクラスの女子に声を掛けられた。
「え?」
「陽くん、ガラの悪い連中に呼び出されて連れて行かれちゃったの」
「っ!」
ガラの悪い連中と言ったら朝も見たあいつらしか思いつかない。
そうだよ、あいつらは陽のことを恨んでるんだ。
陽は私のことばかり心配していたけれど、狙われるとしたら私より陽本人じゃない!
「あんた、陽くんにあんなに大事にされてる姉なんだから助けに行ってあげたら?」
「当たり前だよ! どこ行ったかわかる!?」
バカにした様な口調と表情の彼女に詰め寄るように問い質す。
私の反応が予想外だったのか、瞬きしながら教えてくれた。
「せ、生徒玄関の方に入ったから外に出たんだとは思うけど……」
「ありがとう!」
聞き終えると同時に私は走り出した。
外に出て、校舎の周りを走る。
陽が私に何も知らせずにいなくなるとは思えないから、きっと学校敷地内からは出てないと思う。
陽が簡単にやられるとは思ってない。
前にあの不良達とケンカしたときは陽の方が圧倒的に強かったから。
でも、やっぱり心配。
ケンカしているところを誰かに見られても困るだろうし。
とにかく早く見つけなきゃ!
そうして、校舎裏にさしかかったところで陽たちを見つけた。
校舎の角のところから覗くと、丁度こちらに背を向けている陽を不良たちが囲んでいるのが見える。
「テメェのせいで散々な目に遭ったぜ」
「もうSudRosaに関わるつもりはねぇけどよぉ……少しはやり返さねぇと気が済まねぇんだわ」
あからさまに敵意を出して、不良たちは陽を睨み付けている。
陽の顔は見えないけれど、少なくとも怯えているようにはまったく見えない。……当然かもしれないけれど。
「なに? またぶちのめされてぇの?」
案の定、不良たちを嘲笑う陽の声が聞こえた。
「そう簡単にいくか? 学校じゃあ人気者気取ってんだろ? いくらここが人気が無い場所でも、近くを誰も通らねぇってワケじゃねぇ」
「ケンカなんかしてるとこ見られたら困るんじゃねぇの?」
「……」
不良たちの言葉が事実なのかどうかはわからないけれど、陽は何も答えなかった。
でも実際ケンカしてるところなんて見られたら停学とかなっちゃうんじゃないかな?
それに、陽が無傷で勝っちゃったら下手すると陽の方が悪者になっちゃうかもしれない。
そういう意味では不良たちの言う通りだった。