土日、私はゆっくり休んでいたんだけど、陽はどこかに出かけていた。
南香街に行ってるんじゃないかな? って思っているけれど、両親の前で南香街の話なんて出来ないし……。
両親に気取られず二人きりになれる時間は夜に少しだけ。
その時間も、前からしていた一日一回の匂いを嗅がれる時間になっているんだけど……。
「んっ、はる……ちょ、まって」
「ん? なに?」
吸い付いてくる唇を止めると、首筋に顔を埋めて匂いを嗅ぎ始める陽。
吐息と、柔らかい金の髪が頬をかすめてくすぐったい。
「匂い嗅ぐのは……恥ずかしいけど、まあ良いとするよ? でも一緒にキスするのはなんで?」
いまだに匂いを嗅がれるのは恥ずかしい。
でもそれに関しては良いよって言っちゃったから仕方ない。
けど、キスは良いなんて言ってないはずだ。
「恋人なんだから良いじゃん。ただでさえヒミツだから他のヤツがいる前じゃあ出来ねぇのに……モモは俺とキスするのイヤ?」
「うっ」
眉尻を下げて、目を潤ませる陽はかわいい。
南香街での危険な陽は舌を出せとか命令してきたのに、家での陽はいつものようにかわいくて……。
「イヤじゃ、無いけど……」
「じゃ、良いよな?」
「んっ」
かわいさに絆されて陽の言葉を否定した途端、悪い笑みを浮かべた彼にまた口を塞がれた。
かわいくて人なつっこい陽と、危険で悪い雰囲気の陽に早くも翻弄されてしまってる。
でも、かわいくても危険でも、舌を絡めてくるキスは優しくて……。
「萌々香……」
「っ!」
名前をちゃんと呼んで、私を求めてくれるのは嬉しくて……。
「は、る……んっ」
私の呼びかけに、応えるようにキスしてくれて……。
どんどん、陽という沼にハマっていってる。
陽に向ける思いが恋愛感情なのか確かめるためのおつき合いのはずなのに、気持ちを確かめる余裕もなく落ちていく。
……こんなんで、いいのかな?
そんな疑問も、陽の熱い唇に解かされてしまった。
***
そうして迎えた月曜日。
「ホント、藤沼には感謝だよ。ありがとな!」
登校して朝一番に加藤くんからお礼を言われた。
すっかりNの効果もなくなった加藤くんは、ピッタリと景子にくっつきながら笑顔を見せてくれる。
そんな二人を見て、改めて良かったと思っていたら……。
「つーか、見せつけないでくんねぇ? 俺はモモとのことヒミツだってのに」
今日の朝は珍しく私と一緒にいる陽。
窓際に寄りかかる様に並んで立ちながら、恨めしそうに呟いていた。
「は、陽!?」
黙っててって言ったのに、なんでバラすような言い方するの!?
驚いて非難するように声を上げると、キョトンとした顔で返された。
「え? モモ、杉さんには話しちゃったって言ってただろ?」
「でも加藤くんには――」
「あ、ごめん!」
加藤くんには言ってないよ! と続けようとしたけれど、途中で景子に謝罪の言葉を遮られた。
「久斗には話しちゃったんだ。久斗も萌々香にも悪いコトしたって気にしてて……心配してたから、つい」
「ちょっ!? ……はぁ、まあいいよ」
一瞬文句を言いそうになったけれど、加藤くんも私のことを心配してくれたからって理由があるみたいだし。
言いふらしたりしなければいいや。
「でも、絶対にヒミツだからね!? 言いふらしたら許さないんだから」
「勿論言わねぇよ」
私の念押しに、加藤くんは真面目な顔で頷いた。
「これでも本気で藤沼に感謝してるんだ。藤沼がNとかいう香りのこと知っててくれたから大事にならなくて済んだんだ。だから、藤沼が黙っててくれって言うなら絶対言わねえよ」
「そ、そっか……」
思いがけず真剣な様子にちょっと戸惑ってしまう。
だって、私はたまたまNの存在を知っていただけ。
知っていたからもしかしたらって思い当たっただけで、その後も情報通りに救急車を呼んだだけだ。
ここまで感謝されるようなことをしたとは思えない。
「……やっぱりモモ、Nのこと知ってたんだ?」
加藤くんの態度にちょっと困っていると、隣からいつもより少し低い声が聞こえる。
どことなく危険さを含んだ声に陽を見上げると、彼はいつもの人なつっこい笑みを浮かべて加藤くんに話しかけた。
「本当にN使われてたんだ? あいつら、どこでそんなもの入手したか言ってなかったか?」
「え? あー、ちょっと記憶が曖昧だけどさ、確かSudRosa? とかいうチームのメンバーから貰ったとか言ってたような……」
「ふーん、そっか。あんがと」
答えた加藤くんに礼を言いながら、陽はスッとその黒い目に氷のような冷たさを宿す。
でもすぐに明るくてかわいい陽の表情に戻る。
よく見ていると所々で危険な陽が出てきてる。
今までもこんな風だったのかな?
なんて思いながら陽を見つめていると、今度は加藤くんが陽に質問しだした。
「なんでそんなこと聞きたいのかわかんねーけど、俺も陽に聞きたいことあったんだよな」
「ん? なんだよ?」
「陽さ、サッカー部入らねぇ?」
ニカッとスポーツ少年の明るい笑顔を浮かべた加藤くん。
それを正面から見ていた陽は、ニッコリ太陽の笑みを向けながら答えた。
「ぜってー入らねぇ」