翌日の朝、景子からお礼の電話があった。
『本当にありがとう! 萌々香のおかげだよ!』
「……ふぇい?」
前日に色々ありすぎたせいでアロマもさほど効かなかったのか、寝坊して出た電話に間抜けな声を返してしまった。
『もう、まだ寝てたの? 昨日の放課後のことよ。久斗、萌々香の言う通り何かの香りのせいでおかしくなってたんだって』
少し笑う声が聞こえて、恥ずかしさで少し後悔しながら体を起こす。
ちゃんと起きてから出れば良かった。
『土日はちょっと入院しなきゃならないらしいんだけど、月曜には退院出来るって。その頃には効果も抜けてるはずだって聞いたわ』
声だけでも安心と喜びが伝わってくる。
「そっか、良かった」
浮気じゃないかって辛そうに泣いていた景子。
浮気ではなかったけれど、悪友――ううん、あの不良たちにNを嗅がされて操られていた加藤くん。
二人がこれ以上大変なことに巻き込まれずに済んで、本当に良かったって思った。
『で、萌々香は昨日なにしてたの? 久斗の状態がわかってすぐに連絡しようとしたんだけれど電話出なかったし』
「そ、れは……」
景子から連絡があったのは知ってる。
電話の通知が何件もあったから。
でもそれに気づいたのはもう日付も変わりそうな時間帯で……。
流石に遅すぎるからってメッセージで『話は朝に聞くね』と送った。
話しづらいこともあるし、朝起きてから色々整理しようと思っていた。
なのに、まさか寝起きすぐに話をすることになるなんて……。
「えっと……あの後ね、南香街で陽に会ってさ」
あんまり嘘をつくとボロが出ると思って、とりあえず話せそうなことを話していく。
『陽くん? あ、陽くんの用事ってのも南香街だったの?』
「う、うん。そうだったみたい」
そうだ、陽にも用事があるみたいだってことは伝えてたんだっけ。
『てことはあの後陽くんといたの? 電話にも出ないなんて……まさかついに陽くんに食べられちゃった?』
「は、はぁっ!?」
口調から、からかわれてるのはわかっていた。
でも、景子の言葉は昨日のホテルでの出来事を思い出させるには十分なもので……。
『モモからは甘い匂いがするんだ……ほら、こうするともっと甘くなる』
熱で苦しむ中言われた言葉。
甘い囁きはまだ耳に残っていて……。
『なーんて――』
「た、食べられてなんかないからね!? ちょっと、きわどいことはされたかもしれないけれど!」
『え?』
「あ……」
沈黙。
ちょっ! これ、自分からなにかされたって言ってるようなものじゃない!?
『いつかはつき合うと思ってたけど、まさかいきなりそういうことになるとは思わなかったから完全に冗談のつもりだったんだけど……萌々香』
「な、なに?」
『諦めて全部話して』
なんていうか、ちょっと真面目な話をするときみたいに声を低くした景子。
そんな景子にウソはつけない。
「う……ちょっと待って、私も整理したいから」
でも流石に本当に全てを話すわけにはいかなくて、情報を整理する時間を貰う。
加藤くんにNを嗅がせた不良たちが私を襲おうとしてきたこととか、媚薬香で熱に翻弄されていたところを陽に助けて貰ったこととかは話せない。
景子と加藤くんがNに関わらずに済みそうだって安心していたのに、また関わらせるワケにはいかないし、陽に助けて貰ったくだりは単純に恥ずかしいから。
「……その、ちょっとガラの悪い人たちに襲われそうになってね……それを陽が助けてくれて。……で、その流れでつき合うことになったっていうか……」
『ふーん……心配だとでも言われたの? きわどいことされたってさっき言ってたけれど、濃厚なキスでもされた?』
「んなっ!?」
またしても記憶がよみがえる。
仕切り直しだって言って触れた唇。
恋人同士になったから良いよなって、深いキスをしてきた陽。
うっかりしっかり思い出しちゃって、私は震える声で訴えた。
「ごめっ……もうカンベンして下さい」
『……されたんだ』
なんとも言えない、呆れたようなため息をされる。
『まあでも、ちゃんとつき合ってるなら私がとやかく言う権利は無いよね。陽くんなら萌々香が泣くようなことはしなさそうだし』
「う、うん……」
実は危険な裏の顔があったんだけど……それは話さなくて良いよね。
『あー、でも本当につき合ったんだね。萌々香はちょっと潔癖なところがあるから義理とはいえ姉弟でつき合うなんて、とか言ってまだまだ進展しそうに無いと思ってたんだけど』
「うっ」
正にそのままのことを思った覚えがあったから、見透かされているみたいで何も言えなくなる。
でも、これだけは伝えておかないと!
「景子、お願い! 周りには秘密にして!」
『まあ、いいよ。陽くん人気者だし、普段の萌々香の格好じゃあよく思わない人もいそうだしね』
「ありがとうっ」
私のことを心配して了承してくれた景子に、心から感謝した。
『その代わり、恋バナとか聞かせてね?』
「あはは……お手柔らかにお願いするよ」
楽しそうな景子の声に、私は手加減を願った。