目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
黒髪の男の子

 家に帰る頃には夜も九時を過ぎていて、お義母さんから少しお小言を貰ってしまった。



「もう高校生だし、明日は休みだからあまりうるさく言いたくはないけれど……だからって遅くなり過ぎるるのは良くないと思うわよ?」



 部活で遅くなったわけでもなく、心配をかけないために『遊んで来た』と伝えていたらしいのからそのお小言が出てくるのは当然なんだろうな。


 そう思って私は素直に「ごめんなさい」とあやまった。


 陽は「ごめんごめん」って軽い謝罪の言葉だったけれど。


 でもまだ帰ってきてないお父さんも会社の接待だとかで飲みに行ってるらしいから、私たちばかりに言うのもどうなの? とは思ってしまう。


 接待と学生の遊びは違うってわかってるけどさ。



 なにはともあれ、それ以上はうるさく言われなかったからまあいいか。


 今日は色々ありすぎて疲れちゃったから、お風呂に入ったらすぐに寝てしまおう。


 お腹も空いているけれど、時間が時間だから何か軽いものを食べられれば十分かな。



「とりあえず、リラックスして眠れるようにラベンダーのアロマ準備しておこうかな?」



 呟きながらアロマがある鏡台へと向かった。


 そこで前に調香しておいたラベンダーとイランイランのアロマオイルを探していると、ふと鏡台の横にあるチェストに目がいく。


 その中に入っているものを思い出して、私は「あっ!」と思わず声を上げた。


 一段目のチェストを開け、思いだしたものを取り出す。


 縦二十センチ、横と奥行きが五センチくらいの両手に乗るほどの大きさの鉄製の箱。


 上下と四隅の角以外はガラスになっていて、中に青紫の液体が入っている筒状の容器が見える。


 これは、二年前にある男の子から預かったものだ。


***


 二年前、お父さんの仕事の取引先が主催するパーティーがあって、パートナーが必要だからって私が付き添いで行った。


 正装するからって、ウィッグをつけずに行ったから、目立ちたくなかった私はほとんど休憩室に一人でいたんだっけ。


 休憩室にも美味しそうな料理や飲み物は用意されていたから、あれはあれで楽しかったかな。


 そうして人目を気にせず飲み食いしていたら当然のようにトイレに行きたくなっちゃって……。


 用を済まして休憩室に戻ろうとしたとき黒髪の男の子とぶつかったんだ。



 誰かに追われているみたいだったからとっさにかくまっちゃって。


 でも男の子を探している人たちは諦めそうになくて……。


 それで、これを預かったんだよね。



『あいつらの狙いはこれなんだ。でも、なにがなんでも渡すわけにはいかなくて……悪いけど、預かってくれないか?』



 長い前髪から覗く黒い目が必死そうに私を見つめてた。


 だから預かったんだけれど……行き帰りの車は外の様子が見られないように窓の部分が黒塗りになっていて、あのパーティー会場がどこだったのかがわからなかったんだ。


 あとでお父さんに場所を聞いても『忘れなさい』と言って教えてはくれなかった。


 あのパーティーのあと、主催だった取引先が不祥事で色々不味いことになったみたいで、お父さんは完全に縁を切りたいらしかった。


 それでもパーティー会場がどこだったかくらいは教えてくれてもいいんじゃないかなって思ったけれど、『あんな場所だったとは……』なんて呟くだけでやっぱり教えてはくれなかった。



 でも、その理由が今日ちょっとわかった。


 だって……あのパーティー会場があったホテルは、今日陽と一緒にいたホテルだったんだもの。


 飾られていた花瓶や絵画。絨毯の柄。


 一度見ただけだけれど、印象的だったものは覚えてる。


 ホテルみたいな場所が二年で大きく内装が変わることもないはずだから、きっと間違いない。



 それに、パーティー会場があの南香街立ち入り禁止区域内のホテルだったから、行き帰りの車は外が見えないようになっていたんじゃないのかな?


 それなら、お父さんが『あんな場所だったとは……』なんて言っていた意味も分かる。



「いつか返せればいいと思って保管していたけれど……南香街の禁止区域だったなんて……」



 かわいい顔立ちをした黒髪の男の子。


 小学生くらいに見えたけれど、実際のところ何歳なのかは知らない。


 名前も知らないから、今どうしているのかも調べようがない。


 あの子も南香街の――Nの関係者だったのかな?


 そう考えるとこの青紫の液体も危険なものかもしれないって思う。



「……でも、必死だった」



 私にこれを預かって欲しいと言っていた男の子はどこまでも必死で、真剣な目をしてた。


 あんな子が危険なものをたまたま居合わせた私に預けるかな?


 ……分からない。


 けれど、私は一度しか会ったことのないあの子を信じたいと思った。



 もしかしたら、陽ならこの青紫の液体が何なのかわかるかもしれない。


 くわしいことは聞きそびれたけれど、南香街で陽は一目置かれている存在みたいだったし。


 南香街を管理しているSudRosa、だっけ?


 Nのことも知っていたみたいだし、きっと陽は南香街でのことについてくわしいんだと思う。



「……もう少し陽のことを知ってから、聞いてみようかな?」



 陽のことも信じてはいるが、知らないことが多すぎる。


 もう少し知ってから相談してみよう。そう思って青紫の液体が入った箱を元の場所に戻した。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?